会社売却で従業員はどうなるのかは、売り手側の経営者が最も慎重に整理すべき論点です。従業員にとっては、雇用が続くのか、給与・賞与・退職金・勤続年数が変わるのか、誰が新しい経営者になるのかという不安に直結します。買い手にとっても、現場を支える従業員が離職すれば、買収後の事業価値が大きく下がります。
ただし、従業員の扱いは、会社売却の方法によって異なります。株式譲渡では、対象会社との雇用契約は原則としてそのまま残ります。一方、事業譲渡では、労働契約は当然には移りません。承継予定従業員本人の承諾や、売り手・買い手間での条件整理が重要になります。会社分割や合併を使う場合も、労働契約の承継に関する法律上の手続を確認する必要があります。
この記事では、会社売却を検討している売り手側の経営者・株主に向けて、従業員の雇用、労働条件、説明時期、転籍・同意、退職防止、引継ぎ、契約書で確認すべきポイントを整理します。会社売却全体の流れは、会社売却の流れと準備もあわせて確認してください。
- 株式譲渡では、従業員と対象会社の雇用契約は原則としてそのまま続く
- 事業譲渡では、労働契約は自動承継されず、従業員本人の承諾や新しい雇用契約が問題になる
- 給与・退職金・有給休暇・勤続年数をどう扱うかは、契約書と説明資料で明確にする必要がある
- 従業員への説明は、秘密保持と同意取得のバランスを踏まえて時期・対象者・説明内容を設計する
- キーパーソンの離職、労働条件の不利益変更、未払残業、退職金制度の違いは、買い手のDDと価格交渉にも影響する
坂尾陽弁護士
執筆者:弁護士 坂尾 陽(企業法務・M&A担当)
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会社売却で従業員はどうなるか
会社売却で従業員がどうなるかは、まず売却スキームで分けて考えます。日常用語では「会社を売る」「事業を売る」「M&Aで引き継ぐ」と一括りにされますが、労働契約の扱いは同じではありません。
| 売却・再編方法 | 従業員の雇用契約 | 従業員本人の同意 | 売り手側の主な注意点 |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 対象会社が同じ雇用主として残るため、雇用契約は原則としてそのまま継続 | 株主が変わるだけなら、通常は雇用契約承継のための個別同意は不要 | 買い手による売却後の制度変更・配置転換・人員整理リスクを契約で確認する |
| 事業譲渡 | 売却対象事業に関わる従業員を、買い手が新たに雇用又は転籍させる形になる | 労働契約を移すには、原則として従業員本人の承諾が必要 | 承継対象者、労働条件、退職金、勤続年数、同意取得方法を明確にする |
| 会社分割 | 分割契約・分割計画と労働契約承継法の手続に従い承継される | 対象者の区分、通知、異議申出、協議等を確認する必要がある | 対象事業に主として従事する従業員の範囲と説明手続を早めに整理する |
| 合併 | 権利義務が包括承継されるため、労働契約も原則として存続会社等へ承継される | 合併そのものによる労働契約承継について個別同意が常に必要になるわけではない | 統合後の就業規則、人事制度、退職金制度、配置転換を確認する |
会社売却の実務では、中小企業のオーナーが保有株式を売却する株式譲渡が多く使われます。この場合、従業員の雇用契約の相手方は売却前後で同じ会社です。そのため、「会社が売られたから従業員全員がいったん退職する」という関係には通常なりません。
一方、会社全体ではなく一部事業だけを売る場合や、不採算事業を切り出して売る場合には、事業譲渡や会社分割が使われることがあります。この場合は、従業員の承継手続が複雑になりやすいため、スキーム選択の段階から労務面を確認する必要があります。
買い手は、顧客や設備だけでなく、現場ノウハウを持つ従業員、営業担当者、店長、技術者、管理部門などの定着を重視します。従業員が多数離職するおそれがある場合、買い手は価格を下げたり、クロージング条件や補償条項を厳しくしたりすることがあります。
株式譲渡の場合|雇用契約は原則そのまま残る
株式譲渡による会社売却では、売り手株主が持っている対象会社の株式を買い手に譲渡します。会社そのものは存続し、従業員との雇用契約の相手方も同じ対象会社のままです。したがって、売却だけを理由として、雇用契約、給与、勤続年数、有給休暇、退職金制度が当然に消えるわけではありません。
株式譲渡の仕組み自体は、株式譲渡とはで詳しく整理しています。本記事では、従業員対応に絞って説明します。
株主が変わっても雇用主は同じ会社
株式譲渡では、従業員から見ると、雇用主である会社の株主が変わるだけです。雇用契約の相手方が変わるわけではないため、原則として新たな雇用契約の締結や転籍同意は不要です。
もっとも、実務上は、買い手が経営権を取得した後に、組織再編、人事制度の統一、就業規則の変更、配置転換、役員・管理職の交代を検討することがあります。これらは、株式譲渡の法的効果そのものではなく、買収後の経営判断として問題になります。
売却後に労働条件を変更できるとは限らない
買い手が対象会社を取得した後でも、給与、勤務時間、休日、手当、退職金などの労働条件を一方的に不利益変更できるとは限りません。従業員の個別同意、就業規則変更の合理性、労働組合との協議など、通常の労働法上の制約を受けます。
売り手側としては、買い手が「売却後すぐに大幅な賃下げをする」「一部従業員を退職させる」ことを予定している場合、その方針を知らないまま従業員へ安心材料だけを説明すると、クロージング後に深刻な不信感を招きます。買い手の人事方針は、基本合意・最終契約前に確認しておくべきです。
経営者・役員と従業員は分けて整理する
会社売却では、オーナー社長や役員の処遇と、一般従業員の雇用を分けて整理します。旧経営者は、株式譲渡後に代表取締役を退任し、顧問、業務委託、一定期間の引継ぎ役として残ることがあります。一方、従業員については、原則として対象会社との雇用関係が継続します。
旧経営者がいつまで現場に残るかは、従業員の不安解消にも関係します。急に旧経営者が離れると、従業員が「見捨てられた」と感じたり、買い手側との信頼形成が進まなかったりすることがあります。売り手側の引継ぎ期間、従業員説明会への同席、主要顧客・金融機関への同行などを、契約段階で決めておくことが重要です。
事業譲渡の場合|従業員の同意・転籍が重要になる
事業譲渡では、売り手会社から買い手会社へ、事業に必要な資産、契約、許認可、従業員などを個別に承継させます。株式譲渡と違い、会社全体がそのまま買い手のものになるわけではありません。そのため、従業員の労働契約も当然には買い手へ移りません。
事業譲渡で従業員を買い手へ移す場合には、民法625条の考え方により、原則として従業員本人の承諾が必要です。厚生労働省の事業譲渡等指針でも、承継予定労働者に対して十分な説明と協議を行い、真意に基づく承諾を得ることが重要とされています。
承継対象者を誰にするかを先に決める
事業譲渡では、買い手がすべての従業員を引き受けるとは限りません。譲渡対象事業に直接従事している従業員、兼務している従業員、管理部門、経理・人事、営業担当、キーパーソンなどを分類し、誰を承継対象者とするかを決める必要があります。
承継対象者の選定は、買い手の事業計画だけでなく、労働法上のリスクにも関係します。特定の従業員や労働組合員を排除する目的で承継対象から外したと評価されると、不当労働行為、公序良俗違反、解雇無効などの問題につながることがあります。事業譲渡における従業員承継の紛争リスクは、事業譲渡における従業員承継と労務トラブルで詳しく扱っています。
労働条件を維持するか、変更するかを明確にする
事業譲渡で買い手が従業員を雇用する場合、旧会社を退職して新会社へ入社する形式を取ることがあります。この場合、労働条件、退職金、有給休暇、勤続年数、福利厚生、評価制度がどこまで引き継がれるかを明確にしなければなりません。
「基本的には同じ条件です」と説明しただけでは、後から紛争になりやすくなります。基本給は同額でも、賞与、退職金、固定残業代、休日、勤務地、役職、インセンティブ、社宅、通勤手当などが変わる場合、従業員にとって実質的な不利益になることがあります。
同意を急がせすぎると後から争われる
承継予定従業員の同意は、形式的に署名をもらえば十分というものではありません。重要な情報を隠したまま同意を得たり、「同意しなければ解雇する」といった強い圧力をかけたりすると、後から同意の有効性が争われる可能性があります。
従業員説明では、少なくとも、譲渡の概要、買い手会社の概要、雇用主、職務内容、勤務地、労働条件、退職金・有給休暇・勤続年数の扱い、社会保険、同意しない場合の扱い、相談窓口を説明できるようにしておくべきです。
事業譲渡に同意しない従業員がいる場合でも、「事業を売るから解雇する」と単純には処理できません。解雇には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要であり、整理解雇に近い場面では解雇回避努力、対象者選定、説明・協議の妥当性も問題になります。
会社分割・合併の場合|包括承継と労働契約承継法を確認する
会社売却や事業売却では、会社分割や合併を組み合わせることがあります。たとえば、売りたい事業だけを新会社に切り出してから株式を売却する、グループ再編後に一部事業を第三者へ譲渡する、といった場面です。
会社分割や合併では、事業譲渡と異なり、権利義務が包括的に承継される場面があります。ただし、従業員の労働契約については、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律に基づく通知、協議、異議申出などを確認しなければなりません。会社分割と事業譲渡の違いは、事業譲渡と会社分割の違いも参考になります。
最高裁平成22年7月12日判決(日本アイ・ビー・エム転籍訴訟)は、会社分割に伴う労働契約承継の場面で、労働者との協議が全く行われなかった場合や、説明・協議の内容が著しく不十分で法が協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には、労働者が承継の効力を争い得ることを示しました。もっとも、同判決の事案では、会社側が複数回の説明・協議や労働組合との協議を行っていた事情などから、承継の効力は否定されませんでした。
この裁判例は、会社分割の事案であり、事業譲渡にそのまま当てはまるわけではありません。しかし、従業員に十分な説明と協議をしないまま組織再編を進めると、後から承継の効力や労働条件を巡って紛争化し得るという点では、会社売却実務でも重要な示唆があります。
従業員への説明時期と情報管理
従業員への説明は、早ければよいというものでも、遅ければよいというものでもありません。早すぎる説明は、情報漏えい、取引先への拡散、従業員の不安、キーパーソンの離職を招くことがあります。一方、遅すぎる説明は、従業員の同意取得が間に合わない、信頼関係を壊す、買い手の人事計画が進まないという問題を生じさせます。
| 段階 | 従業員対応の基本 | 注意点 |
|---|---|---|
| 検討初期 | 原則として社内公表は避け、経営陣・一部管理者に限定して準備 | 情報漏えい防止、資料の匿名化、労務DD資料の整備を優先する |
| NDA・初期打診 | 買い手候補には従業員情報を必要最小限で開示 | 氏名、給与、評価、病歴等の個人情報は慎重に扱う |
| 基本合意前後 | キーパーソン対応、労務DD、承継対象者の整理を進める | 誰にいつ伝えるか、説明者、FAQ、想定反応を準備する |
| 最終契約前後 | 事業譲渡など同意が必要な場合は、承諾取得に間に合う時期に説明 | 労働条件、買い手会社概要、同意書、退職金等を具体化する |
| クロージング後 | 全体説明、個別面談、引継ぎ、買い手側との信頼形成を行う | 不安が高い時期なので、説明の一貫性と相談窓口が重要 |
説明時期は、スキーム、会社規模、労働組合の有無、キーパーソンの重要性、従業員同意の必要性によって変わります。株式譲渡で雇用契約がそのまま残る場合でも、従業員に全く説明しないままクロージングすると、不信感が残りやすくなります。事業譲渡で従業員本人の承諾が必要な場合は、真意に基づく同意を得るための時間的余裕も必要です。
説明資料とFAQを先に作る
従業員説明では、経営者が口頭で話す内容、配布資料、個別面談での回答、買い手側の説明が矛盾しないことが重要です。特に、雇用継続、給与、勤務地、勤務時間、退職金、役職、評価制度、社名変更、代表者交代、旧経営者の残り方について、事前に想定問答を作っておくべきです。
「今は分からない」と回答すべき事項と、「契約上決まっている」と回答できる事項を分けることも重要です。未確定事項を断定すると、後から説明違反や信頼関係の悪化につながります。
キーパーソンには個別対応が必要になる
営業責任者、工場長、技術者、店長、経理責任者、許認可・資格保有者など、事業継続に不可欠な従業員については、全体説明だけでは足りないことがあります。買い手がその人材の定着を前提に価格を決めている場合、キーパーソンの離職は重大な条件変更になります。
キーパーソンに対しては、売却の目的、買い手の方針、職務・権限、待遇、評価、引継ぎ期間、キャリアの見通しを丁寧に説明し、必要に応じてリテンションボーナス、役職維持、一定期間の待遇維持などを検討します。
給与・退職金・有給・社会保険で確認すべき事項
従業員対応で紛争化しやすいのは、雇用継続そのものだけではありません。むしろ、雇用は続いたものの、給与、賞与、退職金、有給休暇、勤続年数、勤務地、役職が想定と違ったという不満が問題になります。
| 項目 | 確認ポイント | 契約・説明での注意点 |
|---|---|---|
| 給与・手当 | 基本給、固定残業代、役職手当、歩合、賞与算定基準 | 同額維持なのか、制度統合までの経過措置なのかを明確にする |
| 勤務時間・休日 | 所定労働時間、休日数、シフト、変形労働時間制、残業管理 | 買い手側制度へ統合する時期と方法を説明する |
| 退職金 | 旧会社で清算するのか、新会社で勤続年数を引き継ぐのか | 退職金規程、未払・積立不足、支給対象者をDDで確認する |
| 有給休暇 | 残日数、基準日、買い手側での引継ぎ有無 | 事業譲渡では当然承継ではなく、合意内容を明確にする |
| 勤続年数 | 退職金、表彰、昇給、休職、育児介護制度との関係 | 「勤続年数を通算する」範囲を制度ごとに確認する |
| 社会保険・雇用保険 | 資格取得・喪失、加入事業所、手続時期 | 事業譲渡では手続漏れが従業員不安につながる |
| 未払残業・労務リスク | 過去の未払賃金、管理監督者性、労働時間記録 | 買い手の労務DD、価格調整、補償条項に影響する |
買い手は、従業員の定着だけでなく、過去の労務リスクも確認します。未払残業代、名ばかり管理職、社会保険未加入、就業規則未整備、退職金債務、ハラスメント相談、労働組合対応などは、労務デューデリジェンスで問題になります。労務DDの詳細は、労務デューデリジェンス(労務DD)とはを確認してください。
従業員に「条件は変わらない」と説明した一方で、最終契約書では「買い手は合理的な範囲で労働条件を変更できる」といった広い表現になっていると、後から認識のズレが生じます。説明資料、同意書、最終契約書、買い手側の雇用条件通知書の整合性を確認してください。
会社売却契約で従業員について確認すべき条項
従業員対応は、社内説明だけで完結しません。株式譲渡契約、事業譲渡契約、会社分割契約、基本合意書、クロージング条件、誓約事項、表明保証、補償条項にも反映する必要があります。
| 条項・書類 | 確認すべき内容 | 売り手側の注意点 |
|---|---|---|
| 表明保証 | 従業員数、雇用契約、就業規則、未払賃金、労使紛争、社会保険、退職金 | 実態と異なる保証をすると、売却後の補償請求につながる |
| 誓約事項 | クロージングまでの採用・退職・賃金変更・賞与支給・懲戒等の制限 | 通常業務の範囲で必要な人事運用まで禁止されないように調整する |
| 前提条件 | キーパーソンの残留、従業員同意の取得、労使協議の完了 | 達成不能な条件にするとクロージングできなくなる |
| 従業員承継条項 | 承継対象者、労働条件、入社日、退職金、有給、勤続年数 | 事業譲渡では個別同意書や雇用条件通知書と整合させる |
| 補償条項 | 未払残業、労使紛争、社会保険、退職金債務の責任分担 | 過去リスクと将来の買い手運用リスクを分ける |
| 引継ぎ条項 | 旧経営者・管理職の引継ぎ期間、説明会、従業員対応協力 | 売却後にどこまで協力義務が残るかを明確にする |
従業員に関する条件は、買い手の安心材料になる一方で、売り手に過度な責任を残すこともあります。たとえば、売却後に買い手が人事制度を変更した結果、従業員が退職した場合まで売り手が責任を負うのは通常重すぎます。売り手が責任を負うのは、売却前の未払賃金、開示漏れ、説明内容、承継同意取得手続など、売り手がコントロールできる範囲に限定する方向で調整すべきです。
最終契約書全体の注意点は、M&Aの最終契約書で整理しています。従業員承継が重要な案件では、最終契約書だけでなく、従業員説明資料、同意書、雇用条件通知書、退職金清算資料まで一体で確認することが重要です。
従業員が退職しないための引継ぎ・定着対策
会社売却後の従業員対応では、法的に雇用が続くかだけでなく、従業員が実際に残ってくれるかが重要です。売却後にキーパーソンが退職すると、顧客対応、製造、開発、経理、人事、許認可対応が止まり、買い手との関係も悪化します。
売却理由を前向きに説明する
従業員は、会社売却と聞くと、「業績が悪いのではないか」「解雇されるのではないか」「旧経営者が逃げるのではないか」と不安を感じることがあります。説明では、後継者不在、成長投資、事業基盤の強化、取引先・従業員の雇用維持など、売却理由をできるだけ具体的に示す必要があります。
ただし、事実と異なる美化は避けるべきです。赤字、債務超過、資金繰り不安がある会社売却では、買い手の支援により事業継続を図る趣旨を説明しつつ、労働条件や今後の見通しについて分かっている範囲と未確定の範囲を分けて伝える必要があります。赤字会社の売却は、赤字・債務超過でも会社売却できる?も参考になります。
買い手側の顔が見える説明を行う
従業員の不安を下げるには、売り手経営者だけでなく、買い手側の代表者や担当役員が直接説明する場を設けることも有効です。買い手の事業内容、会社売却後の方針、雇用維持の考え方、現場への期待を説明することで、従業員が新しい経営体制を理解しやすくなります。
一方で、買い手側が不用意に「全員必ず昇給します」「一切変更しません」といった断定をすると、後で制度統合ができなくなることがあります。説明内容は、買い手の人事方針と契約条件に合わせて調整する必要があります。
PMIで従業員対応を後回しにしない
クロージング後の統合作業は、PMIと呼ばれます。従業員対応を後回しにすると、買収後の不安、現場混乱、退職、処遇不満、旧経営者への不満が一気に表面化することがあります。会社売却前から、初回説明、個別面談、評価制度統合、管理職体制、相談窓口、旧経営者の引継ぎ期間を準備しておくべきです。
すでに従業員退職や処遇トラブルが発生している場合は、本記事の予防論だけでなく、M&A後の従業員退職・処遇トラブルとPMIの失敗を確認してください。
従業員承継でトラブルになりやすい場面
会社売却に伴う従業員対応では、次のような場面でトラブルが起こりやすくなります。
- 売却の事実を従業員が取引先や噂で先に知ってしまった
- 「雇用は守る」と説明したが、売却後すぐに賃下げ・配置転換が行われた
- 事業譲渡で従業員の同意取得が間に合わず、クロージングが遅れた
- 承継対象者から外された従業員が、排除目的や不当労働行為を主張した
- 退職金・有給休暇・勤続年数の扱いが説明と違った
- キーパーソンが売却直後に退職し、買い手から損害賠償や価格調整を求められた
- 未払残業代や労使紛争が売却後に発覚し、表明保証違反を主張された
これらのトラブルは、従業員説明だけでなく、DD、契約条項、クロージング条件、引継ぎ計画の問題でもあります。特に、売り手が労務問題を軽く見て資料開示を怠った場合、売却後に表明保証違反や補償請求の問題に発展することがあります。
事業譲渡・会社分割・従業員承継の紛争全体は、事業譲渡・会社分割・事業承継M&Aのトラブルまとめも確認してください。
会社売却で従業員対応を弁護士に相談すべきタイミング
従業員対応は、最終契約の直前になってから整理すると遅いことがあります。特に、事業譲渡、会社分割、労働組合がある会社、未払残業や退職金制度に不安がある会社、キーパーソンの定着が売却価格に影響する会社では、早い段階で弁護士・社労士と連携することが重要です。
弁護士に相談すべき主なタイミングは、次のとおりです。
- 会社売却のスキームを株式譲渡・事業譲渡・会社分割のどれにするか迷っている段階
- 従業員を買い手に承継させる必要があるが、同意取得方法が未整理の段階
- 買い手から労務DD資料、未払残業、退職金債務、従業員名簿の開示を求められた段階
- 従業員説明会、個別面談、FAQ、同意書、雇用条件通知書を作る段階
- 最終契約書で雇用維持、従業員承継、労務表明保証、補償条項を定める段階
- 従業員退職、労働組合対応、処遇変更、買い手との責任分担でトラブルが出た段階
会社売却における弁護士の役割は、契約書の文言確認だけではありません。スキーム選択、労務DD、従業員説明、同意書作成、買い手との条件交渉、売却後トラブル予防まで一体で設計することが重要です。
会社売却と従業員に関するよくある質問
会社売却をすると従業員は解雇されますか?
会社売却をしただけで従業員が当然に解雇されるわけではありません。株式譲渡では、対象会社との雇用契約は原則としてそのまま続きます。事業譲渡では、買い手へ移る従業員の承諾や新しい雇用契約が問題になりますが、売却や事業譲渡を理由に自由に解雇できるわけではありません。
会社売却後に給与や賞与は下がりますか?
株式譲渡では、会社売却だけで給与や賞与が当然に下がるわけではありません。ただし、売却後に人事制度を変更する場合はあります。その場合でも、従業員に不利益な労働条件変更には、個別同意や就業規則変更の合理性など、労働法上の制約があります。事業譲渡では、新しい雇用条件をどう定めるかが重要です。
事業譲渡では従業員の同意が必要ですか?
事業譲渡で売り手会社から買い手会社へ労働契約を移す場合には、原則として承継予定従業員本人の承諾が必要です。説明不足や虚偽説明があると、同意の有効性が争われる可能性があります。承継対象者、労働条件、退職金、有給休暇、勤続年数の扱いを明確にしたうえで、時間的余裕を持って説明・協議を行うことが重要です。
従業員にはいつ会社売却を伝えるべきですか?
一律の正解はありません。検討初期に広く伝えると情報漏えいと離職リスクが高まりますが、事業譲渡などで従業員同意が必要な場合は、クロージングに間に合う時期に説明する必要があります。一般には、NDA・基本合意・最終契約・クロージングの各段階に応じて、説明対象者と内容を段階的に広げる設計が重要です。
退職金や勤続年数は引き継がれますか?
株式譲渡では、雇用主である対象会社が同じなので、退職金制度や勤続年数は原則としてそのまま残ります。ただし、売却後の制度変更には注意が必要です。事業譲渡では、旧会社で退職金を清算するのか、買い手会社で勤続年数を通算するのかを契約と説明資料で明確にする必要があります。
従業員が会社売却に反対した場合はどうなりますか?
株式譲渡では、従業員の反対だけで株式譲渡の効力が否定されるわけではありません。ただし、反対や不安が大きい場合、離職や業務混乱のリスクがあります。事業譲渡で従業員本人の承諾が必要な場合、その従業員が買い手へ移らない可能性があるため、売り手側での雇用継続、配置転換、退職条件などを検討する必要があります。
従業員に会社売却を秘密にしたまま進めてもよいですか?
初期検討や買い手探索では、秘密保持の観点から従業員へ広く説明しないことがあります。ただし、事業譲渡で同意取得が必要な場合や、キーパーソンの残留が重要な場合には、一定の時点で説明・協議が必要になります。秘密保持と説明義務のバランスを取り、誰にいつ何を伝えるかを事前に設計することが重要です。
買い手から従業員名簿や給与情報を求められた場合はどうすべきですか?
買い手の労務DDでは、従業員数、年齢構成、給与水準、雇用形態、勤続年数、退職金、未払残業リスクなどの情報が必要になります。ただし、個人情報やセンシティブな情報を開示する場合は、NDA、開示範囲、匿名化、アクセス制限を確認する必要があります。初期段階では個人名を伏せ、交渉が進んだ段階で必要な範囲に限定して開示する方法も検討します。
まとめ|会社売却の従業員対応はスキーム・説明・契約で決まる
会社売却で従業員がどうなるかは、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、合併のどれを使うかによって変わります。株式譲渡では雇用契約は原則としてそのまま残りますが、売却後の人事制度変更やPMIへの不安があります。事業譲渡では、労働契約が自動承継されないため、従業員本人の承諾、労働条件、退職金・勤続年数の扱いを丁寧に整理する必要があります。
売り手側としては、従業員の雇用を守りたいという意向を、買い手との契約条件に反映することが重要です。あわせて、従業員への説明時期、説明内容、同意書、雇用条件通知書、引継ぎ計画を準備しなければなりません。従業員対応を後回しにすると、離職、価格減額、クロージング遅延、売却後の損害賠償・補償請求につながることがあります。
坂尾陽弁護士
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- 0円!完全無料の法律相談
- 弁護士による無料の電話相談も対応
- お問合せは24時間365日受付
- 土日・夜間の法律相談も実施
- 全国どこでも対応いたします
