M&Aで表明保証違反や契約違反が疑われる場面では、「そもそも補償請求できるのか」「どの範囲の損害を請求できるのか」「売主側はどこまで反論できるのか」が問題になります。
インデムニティとは、M&A契約では、表明保証違反・誓約違反・特定リスクの顕在化などにより相手方に生じた損害・損失・費用を、契約上の一定範囲で補償する仕組みをいいます。日本語では「補償条項」と呼ばれ、表明保証条項とセットで、M&A後トラブル時の金銭救済の受け皿になります。
- インデムニティは、M&A契約上の損害補償の仕組みです。
- 表明保証条項だけでなく、補償条項・責任制限条項とセットで確認します。
- DDで発見済みの特定リスクは、特別補償で明確化することがあります。
- 補償請求では、通知期限・損害範囲・因果関係・上限額が争点になります。
本記事では、M&Aの補償条項・インデムニティの意味、表明保証違反との関係、一般補償と特別補償の違い、補償請求で確認すべきポイントを、買主側・売主側双方の実務目線から整理します。
坂尾陽弁護士
執筆者:弁護士 坂尾 陽(企業法務・M&A担当)
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M&A補償条項(インデムニティ)の位置づけ
M&Aでは、クロージング後に簿外債務、法令違反、税務問題、労務問題、重要契約の不備などが発覚することがあります。このとき、買主側は「表明保証違反ではないか」と考えますが、実際に金銭請求を組み立てるには、表明保証条項だけでなく、補償条項の内容を確認する必要があります。
補償条項は、表明保証違反などの契約上の問題を「誰が、どの範囲で、どの金額まで負担するか」に落とし込む条項です。そのため、M&A後トラブルでは、M&Aの表明保証条項、補償条項、責任制限条項を一体で読むことが重要です。
インデムニティとは何か
インデムニティ(indemnity)は、広くいえば、一定の事由によって生じた損害を補償・填補する仕組みを指します。M&A契約では、主に、売主の表明保証違反、クロージング前後の義務違反、税務・労務・訴訟などの特定リスクが発生した場合に、売主が買主側に損害・損失・費用を補償する条項として使われます。
もっとも、インデムニティという言葉だけでは、請求できる範囲は決まりません。実務上は、契約書の中で、補償のトリガー、補償対象となる損害、通知手続、補償期間、上限額、下限額、免責事由などを具体的に定めておく必要があります。
表明保証条項・補償条項・責任制限条項の関係
表明保証条項は、対象会社の財務、税務、法令遵守、労務、許認可、重要契約、訴訟などについて、一定時点で真実・正確であることを表明し保証する条項です。これに対し、補償条項は、その表明保証に違反した場合などに、発生した損害をどの範囲で補償するかを定めます。
さらに、責任制限条項は、補償責任の上限、下限、存続期間、個別請求の最低金額などを定めます。つまり、M&A契約における責任追及は、一般に次のような役割分担で設計されます。
| 条項 | 主な役割 | 確認ポイント |
|---|---|---|
| 表明保証条項 | どの事実が真実・正確であると約束されたかを定める | 対象項目、基準日、知る限り、重要性限定、開示済み事項 |
| 補償条項 | 違反時にどの損害を誰が負担するかを定める | トリガー、損害範囲、被補償者、通知手続、因果関係 |
| 責任制限条項 | 補償責任の金額・期間・例外を制限する | キャップ、バスケット、ディミニマス、サバイバル期間 |
M&A後トラブルで補償条項が重要になる場面
補償条項が重要になるのは、単に買主が請求する場面だけではありません。売主側にとっても、補償条項の文言は、過大請求に対する反論の出発点になります。
- 買主側:表明保証違反、未開示債務、法令違反、第三者請求などについて、補償条項に基づいて請求できるかを検討します。
- 売主側:通知期限、補償対象、因果関係、対象会社損害の扱い、責任制限、開示済み事項などを確認し、請求額や請求根拠を精査します。
- 双方共通:補償条項が曖昧な場合、表明保証違反の有無だけでなく、損害額、請求時期、契約上の救済手段の優先関係まで争われます。
表明保証違反の全体像や初動対応については、表明保証違反全体の対応もあわせて確認すると、補償条項の位置づけを整理しやすくなります。
補償条項・インデムニティとは何か
補償条項は、契約書の中では「表明保証違反又は本契約上の義務違反に起因して相手方に生じた損害、損失、費用を補償する」などの形で定められることが多い条項です。英文契約では、indemnify、hold harmless、indemnificationなどの表現が使われることがあります。
M&A契約における補償条項の基本
M&A契約における補償条項は、売主・買主のリスク分担を契約上具体化するための条項です。たとえば、クロージング後に未払税金や簿外債務が発覚した場合、買主は「その損害を売主に負担させたい」と考えます。しかし、契約書上の補償条項が不十分だと、請求できる範囲や請求手続が曖昧になり、紛争が長期化しやすくなります。
補償条項では、少なくとも、補償のトリガー、損害の範囲、請求できる主体、通知期限、補償期間、責任制限、例外事由を確認します。特に「損害、損失、費用」と広く書くのか、「直接かつ通常の損害」に限定するのか、「合理的な弁護士費用」を含めるのかによって、実際の請求額に大きな差が出ます。
一般法上の損害賠償との違い
日本法上、表明保証条項や補償条項を直接規律する特別な明文規定があるわけではありません。そのため、契約文言、民法上の債務不履行責任、信義則、損害賠償の一般原則などを踏まえて、補償請求の可否や範囲が検討されます。
ただし、補償条項は、一般法上の損害賠償請求を単に繰り返すだけの条項ではありません。契約で補償の発動要件や範囲を明確にしておけば、どのリスクをどちらの当事者が負担するかを、通常の損害賠償論よりも具体的に設計できます。
補償条項は、請求の根拠になるだけでなく、請求を制限する根拠にもなります。売主側では、補償条項に書かれていない損害、通知期限を過ぎた請求、責任制限を超える請求を切り分けることが重要です。
補償条項がない場合に生じる問題
補償条項がない、又は極端に簡略な場合、表明保証違反があったとしても、金銭請求の法的構成、損害範囲、因果関係、予見可能性、対象会社に生じた損害を買主の損害といえるかなどが正面から問題になります。
その結果、買主側は、請求根拠を一般の債務不履行、不法行為、錯誤、詐欺、契約解除などに広げざるを得ないことがあります。他方で、売主側は、契約上想定されていなかった広範な責任追及を受けるリスクがあります。補償条項を置く目的は、このような不確実性を減らし、M&A後の責任追及を契約上の枠組みに乗せることにあります。
表明保証違反と補償条項の関係
表明保証違反が疑われる場面では、「どの表明保証に違反したか」と同じくらい、「その違反について補償条項がどう発動するか」が重要です。表明保証違反の存在と、補償請求が認められることは、実務上は別の問題として整理する必要があります。
表明保証違反だけで金銭請求できるとは限らない
表明保証条項は、一定の事実が真実・正確であることを約束する条項です。しかし、表明保証違反があると主張するだけでは、当然に請求額が決まるわけではありません。どの損害が発生したのか、その損害が違反に起因するのか、責任制限にかからないのかを検討する必要があります。
そのため、表明保証違反が疑われる場合には、まず契約書を確認し、該当する表明保証条項、補償条項、責任制限条項、通知条項を並べて読むべきです。損害額や因果関係の詳細な検討は、表明保証違反でいくら請求できるかの問題として、別途整理します。
補償条項が金銭救済の受け皿になる
補償条項がある場合、表明保証違反によって生じた損害を、契約上の補償請求として構成できます。たとえば、対象会社に未払税金が存在した、重要な法令違反があった、事業計画に重大な影響を与える情報が開示されていなかったといった場合に、契約で定めた補償条項が請求の受け皿になります。
もっとも、補償条項が受け皿になるとしても、全ての損害が無制限に補償されるわけではありません。実務では、補償対象に含まれる損害か、対象会社損害を買主損害として扱えるか、合理的な弁護士費用を含められるか、通知期限やサバイバル期間を満たすかが争点になります。
裁判例から見る補償条項の位置づけ
M&Aに関する裁判例でも、表明保証条項と補償条項がセットで問題になる例が見られます。たとえば、東京高裁平成30年10月4日判決では、税務申告漏れ等に関する表明保証違反と損害賠償条項が問題となり、表明保証違反により生じた損害の填補が争われました。
また、東京地裁平成30年7月20日判決では、法令遵守に関する表明保証違反、クレーム・ノーティス、合理的な弁護士費用、補償債権の遅滞時期などが問題になりました。これらの裁判例からも、補償条項は、表明保証違反を実際の金銭請求につなげる中心的な条項であることが分かります。
一般補償と特別補償の違い
M&Aの補償条項を理解するうえでは、一般補償と特別補償の違いを押さえる必要があります。どちらも損害補償の仕組みですが、対象となるリスクの性質が異なります。
一般補償とは
一般補償とは、表明保証違反、誓約違反、その他契約上の義務違反など、一般的な契約違反をトリガーとして損害を補償する条項です。買主がクロージング後に初めて発見した未開示リスクや、売主が表明保証した事実と実態が異なっていた場合などが典型例です。
特別補償とは
特別補償とは、契約締結時点で当事者が既に認識している特定のリスクについて、通常の補償とは別に、個別に補償内容を定める条項です。たとえば、DDで判明した未払税金、訴訟リスク、許認可上の問題、労務問題、環境リスクなどについて、発生時の負担者、上限、期間、手続を個別に定めることがあります。
特別補償を置く理由は、既に認識されているリスクについては、通常の表明保証違反として請求できるかが争われやすいためです。そこで、表明保証違反の成否に依存しすぎない形で、特定リスクの負担を契約上明確にすることがあります。
| 項目 | 一般補償 | 特別補償 |
|---|---|---|
| 主な対象 | 表明保証違反・誓約違反など一般的な契約違反 | DDや開示で既に把握された特定リスク |
| 使う場面 | 未発見・未開示リスクが後から発覚した場合 | 未払税金、訴訟、労務、許認可などの特定事項がある場合 |
| 表明保証との関係 | 表明保証違反をトリガーにすることが多い | 表明保証違反が争われ得るため、別枠で明確化する |
| 交渉ポイント | 範囲、期間、上限、下限 | 対象事由、金額、期間、手続、一般補償との関係 |
表明保証と特別補償の違い
表明保証は、一定の事実が真実・正確であることを約束する条項です。これに対し、特別補償は、特定の事由が発生した場合に、どちらが損害を負担するかを個別に定める条項です。
したがって、DDで既に発見されている問題については、「その問題が存在しない」と表明保証させるだけでは不自然な場合があります。このような場面では、問題の存在を前提に、将来どの範囲で売主が補償するかを特別補償として明確にする方が、紛争予防に適しています。
DDで発見済みのリスクを特別補償にする場面
DDで発見済みのリスクを価格に反映できる場合は、買収価格を下げる、クロージング条件を追加する、表明保証の例外として開示するなどの方法もあります。しかし、損害額が読みにくい、相手方との価格交渉が難しい、クロージング後の対応費用が大きく変動するなどの場合には、特別補償で処理することがあります。
ただし、特別補償を入れる場合でも、対象事由を広げすぎると売主側の負担が過大になります。反対に、対象事由を狭く書きすぎると、買主側が想定していた損害を回収できない可能性があります。DD不足や開示済みリスクと表明保証の関係については、DD不足・開示済みリスクと表明保証の関係も確認しておくとよいでしょう。
M&Aにおける補償条項に基づく責任追及の構成要素
補償条項に基づく責任追及では、「表明保証違反があるか」だけでなく、契約上どのような事由をトリガーにして、誰が、誰に対し、どの範囲の損害・損失・費用を請求できるのかを確認します。補償条項は、M&A後に生じた問題を金銭的に処理するための枠組みであり、条項の文言によって結論が大きく変わります。
そのため、補償請求を検討する側も、補償請求を受けた側も、まず次の項目を整理する必要があります。
| 確認項目 | 主な確認内容 | 実務上の注意点 |
|---|---|---|
| 補償のトリガー | 表明保証違反、誓約違反、特別補償事由、クロージング前義務違反など | 「何が起きたら補償義務が発生するか」を条項ごとに確認する |
| 補償対象 | 損害、損失、費用、合理的弁護士費用、対象会社損害、第三者請求対応費用など | 対象会社に生じた損害を買主が請求できるかを確認する |
| 因果関係 | 違反に起因する損害、関連して生じた損害、直接損害に限定するか | 「起因」「関連」「直接」などの文言差が請求範囲に影響する |
| 被補償者 | 買主、対象会社、役員、従業員、関連会社など | 誰に生じた損害を誰が請求できるかを明確にする |
| 制限条項 | 上限額、下限額、バスケット、ディミニマス、補償期間、免責事由 | 請求できる損害でも、責任制限により回収額が減ることがある |
補償のトリガー
補償のトリガーとは、売主又は買主に補償義務を発生させる契約上の原因です。典型的には、表明保証違反、クロージング前後の誓約違反、契約上の義務違反、特別補償条項で定めた特定事由の発生などが挙げられます。
たとえば、対象会社に未開示の税務リスクがあった場合、税務に関する表明保証違反として構成するのか、既知の税務リスクに関する特別補償として構成するのかによって、請求の立て方が変わります。簿外債務や不正会計が発覚した場合の初動対応は、M&Aで簿外債務が発覚した場合の対応も参照してください。
補償対象となる損害・損失・費用
補償対象の範囲は、補償条項の中心です。単に「損害」とだけ書くのか、「損害、損失、費用、合理的な弁護士費用その他一切の支出」と広く書くのかによって、請求できる範囲は変わります。
買主側では、対象会社に実際に発生した費用、第三者からの請求対応費用、調査費用、専門家費用、合理的な弁護士費用を補償対象に含めたい場面が多くあります。他方で、売主側では、間接損害、逸失利益、過大な専門家費用、買主の経営判断による損失まで含まれないように、範囲を限定する交渉が必要になります。
対象会社損害
M&A後のトラブルでは、実際に損害や費用を負担するのが買主ではなく、買収後の対象会社であることがあります。たとえば、対象会社が追徴課税を受けた、取引先へ解決金を支払った、行政対応費用や調査費用を支出したという場面です。
この場合、契約上、対象会社に生じた損害を買主の補償請求対象に含めるか、対象会社自体を被補償者に含めるかを確認する必要があります。対象会社損害を明確に含めていないと、「買主自身に損害が生じているのか」という争点が生じやすくなります。
合理的弁護士費用
補償条項では、合理的な弁護士費用を補償対象に含める例があります。もっとも、弁護士費用といっても、内部調査、第三者請求対応、補償請求交渉、訴訟対応など、場面によって性質が異なります。
請求側は、弁護士費用の発生時期、対応内容、違反事由との関係、金額の合理性を説明できる資料を整理しておく必要があります。反対に、請求を受けた側は、その費用が本当に補償条項上の対象に含まれるのか、金額が過大でないか、補償原因との因果関係があるかを確認します。
第三者請求対応費用
補償条項では、取引先、従業員、行政機関、税務当局、許認可官庁など、第三者からの請求や指摘に対応する費用が問題になります。第三者請求は、買主と売主のいずれが防御方針を決めるのか、和解に売主の同意が必要か、情報共有をどの程度行うかが重要です。
第三者請求対応費用を補償対象に含める場合は、通知義務、協議義務、防御コントロール、和解承諾、費用負担の範囲を契約書で定めておくことが望ましいです。
因果関係の文言
補償条項では、「違反に起因して生じた損害」「違反に関連して生じた損害」「違反により直接生じた損害」などの文言が使われます。これらの文言は似ていますが、補償範囲の広さに影響します。
買主側は、表明保証違反と損害との関係を広く拾える文言を求める傾向があります。売主側は、違反との関係が薄い損害や、買主の経営判断によって拡大した損害まで負担しないよう、相当因果関係、直接損害、合理的に予見可能な損害などの限定を検討します。損害額や因果関係の詳細は、表明保証違反でいくら請求できるかで整理します。
被補償者の範囲
被補償者とは、補償を受けられる者です。買主だけを被補償者にするのか、対象会社、買主の関連会社、役員・従業員、承継人まで含めるのかによって、M&A後の責任追及のしやすさが変わります。
買主側では、買収後に対象会社やグループ会社が実際に損害を受けることを想定して、被補償者を広く定めることがあります。売主側では、被補償者が広すぎると予測できない範囲の請求を受けるおそれがあるため、補償対象者と請求権者を分けて整理することが重要です。
補償請求の要件と手続き
補償請求では、実体要件だけでなく、手続要件も重要です。通知期限を過ぎた、補償原因事実の記載が不十分である、第三者請求への対応を売主に共有していないといった事情があると、請求の可否や金額が争われます。
事実確認と契約条項の特定
まず、発覚した事実がどの契約条項に関係するかを確認します。表明保証条項、誓約条項、補償条項、特別補償条項、責任制限条項、通知条項、準拠法・紛争解決条項を並べて読むことが出発点です。
- どの事実が、どの表明保証又は補償事由に該当するか
- 発覚時期、損害発生時期、通知期限に問題がないか
- 損害額の根拠資料、支払資料、第三者請求資料があるか
- 買主がクロージング前に認識していた事情があるか
- 上限額、下限額、バスケット、免責事由に該当しないか
表明保証違反の全体像や初動対応は、M&Aの表明保証違反・簿外債務トラブルの全体像もあわせて確認すると、請求・防御の位置づけを整理しやすくなります。
クレームノーティス・通知期限
クレームノーティスとは、補償請求の内容や請求金額を相手方に通知する書面です。契約上、補償請求をするためには、一定期間内に、補償原因事実、請求額、根拠資料、第三者請求の概要などを記載した通知を送ることが求められることがあります。
通知が遅れた場合、又は通知内容が抽象的すぎる場合には、補償請求の有効性が争われることがあります。請求側は、期限直前に概算通知だけを行うのではなく、把握できている事実と金額をできる限り具体的に整理する必要があります。請求を受けた側は、通知期限、記載事項、治癒期間、資料提出の有無を確認します。
サバイバル期間(存続期間)
サバイバル期間(存続期間)とは、表明保証や補償請求権が存続する期間です。M&A契約では、一般的な表明保証はクロージング後一定期間、税務・労務・環境・基本的事項は長めの期間とするなど、項目ごとに期間を分けることがあります。
補償請求をする場合は、違反がいつ発覚したかだけでなく、契約上いつまでに通知又は請求する必要があるかを確認します。サバイバル期間、キャップ、バスケットなどの責任制限の設計は、責任制限条項・キャップ・バスケットの実務で詳しく整理します。
第三者請求と防御コントロール
第三者請求がある場合、買主が単独で対応・和解を進めると、後から売主に「必要性や金額が不合理である」と反論されることがあります。反対に、売主に防御コントロールを広く与えすぎると、対象会社の事業継続やレピュテーションに支障が生じることもあります。
そのため、第三者請求については、通知、資料共有、防御方針の協議、和解承諾、弁護士選任、費用負担を契約上明確にしておく必要があります。実際に紛争が生じた後は、事業上の迅速対応と、補償請求のための手続遵守を両立させることが重要です。
一般法上の請求との関係
補償条項があっても、契約上の補償請求だけが唯一の手段とは限りません。事案によっては、債務不履行、不法行為、詐欺、錯誤、契約解除、価格調整条項などが問題になることがあります。
もっとも、M&A契約で補償条項や責任制限条項を詳細に定めている場合、当事者がどこまで契約上のリスク配分に拘束されるかが争点になります。請求側・防御側とも、契約上の補償請求と一般法上の請求を混同せず、条項ごとに根拠を整理する必要があります。
ドラフト・交渉の実務ポイント
補償条項は、M&A契約書の中でも買主側と売主側の利害が強く対立する条項です。買主側はリスクをできる限り補足したい一方で、売主側はクロージング後の責任を予測可能な範囲に限定したいと考えます。
買主側の交渉ポイント
買主側では、DDでは全てのリスクを発見できないことを前提に、補償条項を広く設計することが重要です。特に、表明保証違反、誓約違反、特別補償事由、第三者請求、対象会社損害、合理的弁護士費用を補償対象に含めるかを確認します。
| 買主側の確認点 | 実務上の狙い |
|---|---|
| 補償対象を明確にする | 対象会社損害、調査費用、第三者請求対応費用を拾えるようにする |
| 特別補償を設定する | DDで発見済みの特定リスクについて、表明保証違反の成否に依存しすぎない形で処理する |
| 通知手続を実務的にする | 発覚直後に全損害額が確定しない場面でも、合理的な範囲で通知できるようにする |
| 責任制限の例外を設ける | 詐欺、故意、重大な表明保証違反、基本的事項などを上限額の例外にするか検討する |
売主側の交渉ポイント
売主側では、補償責任の範囲を予測可能にすることが重要です。補償対象を広くしすぎると、クロージング後に買主の経営判断や第三者との和解判断によって責任が膨らむおそれがあります。
| 売主側の確認点 | 実務上の狙い |
|---|---|
| 補償対象を限定する | 間接損害、逸失利益、過大な専門家費用を除外するか検討する |
| 通知期限を明確にする | いつまでに、どの程度具体的な通知が必要かを定める |
| 上限額・下限額を設定する | 小さな請求の連発や、想定外の高額請求を防ぐ |
| 第三者請求への関与を確保する | 買主が一方的に和解して費用を請求するリスクを抑える |
| 開示済み事項の扱いを明確にする | 買主が認識していたリスクについて、後から補償請求される範囲を限定する |
キャップ・バスケット・ディミニマスはどこまで書くか
補償条項では、補償上限額であるキャップ、一定額を超えた場合に請求を認めるバスケット、少額請求を除外するディミニマスがよく問題になります。これらは、補償請求の可否だけでなく、実際に回収できる金額に直結します。
買主側は、重要な表明保証違反や特別補償についてキャップの例外を求めることがあります。売主側は、全体の上限、請求可能な最小額、補償期間を明確にし、クロージング後の責任を限定することを検討します。詳細は責任制限条項の記事で整理します。
サンドバッギング条項との関係
サンドバッギング条項とは、買主がクロージング前に表明保証違反の可能性を認識していた場合でも、クロージング後に補償請求できるかに関する条項です。買主側は、認識の有無にかかわらず補償請求を維持したいと考えます。売主側は、買主が知っていたリスクについて後から請求されるのは不公平だとして、アンチ・サンドバッギング条項を求めることがあります。
この論点は、DDで発見済みのリスクや開示済み事項と密接に関係します。買主認識・開示済みリスク・DD不足の問題は、DD不足・開示済みリスクと表明保証の関係で詳しく検討する必要があります。
責任制限条項とセットで確認する
補償条項だけを読んでも、実際に請求できる金額は分かりません。補償条項の後には、責任制限条項、補償期間、上限額、下限額、免責事由、例外規定を必ず確認します。
特に、特別補償について一般補償と同じキャップを適用するのか、別枠にするのか、詐欺・故意・基本的事項について責任制限を外すのかは、交渉上の重要ポイントです。補償条項と責任制限条項は、常にセットで設計する必要があります。
補償条項・インデムニティに関する裁判例マップ
M&Aの補償条項に関する裁判例では、表明保証違反の有無だけでなく、補償条項の文言、損害範囲、通知、第三者請求、留保金との相殺などが問題になります。ここでは、実務上の論点を理解するために、代表的な裁判例を整理します。
| 裁判例 | 主な争点 | 実務上の示唆 |
|---|---|---|
| 東京高裁平成30年10月4日判決 | 税務申告漏れ等に関する表明保証違反と損害の填補 | 補償条項・損害賠償条項が、表明保証違反後の金銭救済の枠組みになる |
| 東京地裁平成30年7月20日判決 | 法令遵守の表明保証違反、クレーム・ノーティス、合理的弁護士費用 | 通知手続、補償対象費用、第三者請求対応の整理が重要になる |
| 東京地裁令和2年10月26日判決 | 事業計画の不開示、補償請求、留保金との相殺 | 補償請求は、売買代金の留保金や相殺と結びついて争われることがある |
| 東京地裁平成23年4月15日判決 | 未開示契約、追加納品代金債務、存在しない売掛金 | 開示内容と実態のズレが、補償請求の対象になり得る |
裁判例を読む際には、「表明保証違反があるか」だけでなく、「どの補償条項に基づいて、誰の、どの損害を、どの範囲で請求しているか」を見ることが重要です。裁判例の損害額や因果関係を詳しく検討する場合は、損害額の記事とあわせて確認してください。
よくある質問
インデムニティと損害賠償は同じですか?
同じではありません。インデムニティは、M&A契約で定める補償の仕組みを指すことが多く、契約上の補償対象、手続、期間、上限額などによって内容が決まります。一般法上の損害賠償とは、要件や範囲が一致しないことがあります。
特別補償はどのような場合に必要ですか?
DDや交渉過程で既に特定リスクが見つかっており、そのリスクを価格調整だけでは処理しにくい場合に検討します。未払税金、訴訟・労務紛争、許認可問題、環境リスク、重要契約の解除リスクなどが典型例です。
クレームノーティスを出し忘れた場合でも請求できますか?
契約条項によります。通知期限や通知方法が補償請求の要件になっている場合、期限徒過や記載不備が重大な問題になります。発覚直後に、通知期限、補償期間、通知先、記載事項を確認する必要があります。
合理的弁護士費用は常に補償されますか?
常に補償されるわけではありません。補償条項に合理的弁護士費用を含める文言があるか、発生した費用が補償原因と関係するか、金額が合理的かを確認します。契約書に明記されていない場合は、一般法上の損害として認められるかが別途問題になります。
補償請求を受けた売主は何を確認すべきですか?
まず、通知期限、補償原因事実、対象損害、因果関係、補償上限、バスケット、開示済み事項、買主の認識、第三者請求対応の経緯を確認します。請求額だけを見て反論するのではなく、契約上の要件を一つずつ検討することが重要です。
まとめ|補償条項を使った責任追及のチェックリスト
インデムニティ、すなわちM&Aの補償条項は、表明保証違反や特定リスクが現実化した場合に、損害・損失・費用をどのように処理するかを定める重要な条項です。買主側にとっては、M&A後トラブルの回収可能性を左右します。売主側にとっては、クロージング後の責任範囲を予測可能にするための防御線になります。
- 補償のトリガーが、表明保証違反・誓約違反・特別補償事由のどれかを確認する。
- 補償対象に、対象会社損害、第三者請求対応費用、合理的弁護士費用が含まれるかを確認する。
- クレームノーティス、通知期限、サバイバル期間を確認する。
- キャップ、バスケット、ディミニマス、免責事由を確認する。
- DDで発見済みのリスクは、特別補償や開示済み事項との関係を整理する。
- 補償請求を受けた場合は、損害額だけでなく、契約上の要件・手続・責任制限から反論を検討する。
M&A契約書を作成・レビューする段階では、補償条項を表明保証条項や責任制限条項と切り離して考えないことが重要です。また、表明保証違反が発覚した後は、通知期限や証拠保全を意識して、早期に契約書と事実関係を整理する必要があります。
坂尾陽弁護士
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