M&A仲介会社やFAに依頼してM&Aを進めたものの、「重要な情報を知らされなかった」「問題ないと言われたのに、契約後に重大なリスクが発覚した」「成功報酬だけ請求され、損害が残った」と感じるケースがあります。
このような場合、仲介会社・FAに対して損害賠償請求や成功報酬相当額の返還を求められるのかが問題になります。結論からいえば、仲介会社・FAへの不満があるだけでは足りませんが、誤った情報提供、重要情報の不伝達、重過失、利益相反的な行動などが証拠で示せる場合には、責任追及を検討すべき場面があります。
実際に、東京地裁令和5年4月17日判決では、株式取得の仲介を受託した仲介業者について、正確かつ適切な情報提供をする注意義務に重過失で違反したとして、成功報酬相当額の支払が命じられています。他方で、東京地裁令和4年2月24日判決のように、仲介会社・FAの業務は買主の代わりにデューデリジェンスを行うことまでは含まれないとして、損害賠償請求が否定された裁判例もあります。
そのため、M&A仲介会社・FAに責任追及できるかは、裁判例を単に知るだけではなく、契約上の業務範囲、仲介会社が把握していた事情、説明・資料提供の経過、買主・売主側で確認できた事項、損害との因果関係を分けて整理する必要があります。
一般に「M&A仲介の判例」と検索されることがありますが、法律上は最高裁判所の判断を「判例」と呼び、地方裁判所などの判断は「裁判例」と呼ぶことがあります。本記事では、分かりやすさを重視して裁判例を「判例」と表記する場合があります。
なお、M&A仲介・FAトラブル全体の整理は、M&A仲介・FAトラブルの全体像も参考になります。本記事では、特に仲介会社・FAへの損害賠償請求、訴訟、責任追及に絞って解説します。
この記事のポイントは、次のとおりです。
- M&A仲介会社・FAに損害賠償請求できるかは、義務違反・損害・因果関係・証拠で判断します。
- 誤情報提供や重要情報の不伝達がある場合は、責任追及を検討しやすくなります。
- 仲介会社・FAは、買主・売主の代わりにDDを行う立場とは限りません。
- 責任限定条項があっても、故意・重過失が問題になる場合があります。
- 訴訟前には、契約書、IM、Q&A、メール、議事録、報酬請求書を整理することが重要です。
坂尾陽弁護士
執筆者:弁護士 坂尾 陽(企業法務・M&A担当)
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M&A仲介会社・FAに損害賠償請求できる場合とは
M&A仲介会社・FAに損害賠償請求できるかを考えるときは、まず「M&Aが失敗した」「買収後に想定外の問題が出た」という結果だけで判断しないことが重要です。M&Aは、買主・売主が事業上のリスクを引き受けて行う取引であり、仲介会社・FAが取引結果そのものを保証しているわけではありません。
もっとも、仲介会社・FAが専門業者として依頼を受け、契約書やエンゲージメントレターに基づいて情報収集、資料作成、交渉補助、デューデリジェンスの段取り、相手方との連絡調整などを行っていた場合、一定の注意義務が問題になります。特に、重要な前提について誤った情報を伝えた、具体的に知っていたリスクを伝えなかった、成功報酬を得るために取引成立を優先したといえる事情があるときは、損害賠償請求の検討対象になります。
損害賠償請求では、少なくとも次の3点を分けて考えます。
| 確認する点 | 主な内容 | 確認資料の例 |
|---|---|---|
| 義務違反 | 仲介会社・FAが、契約上又は注意義務上すべき説明・情報提供・確認を怠ったか | 仲介契約、FA契約、重要事項説明、メール、議事録 |
| 損害 | 誤った情報提供や説明不足によって、成功報酬、DD費用、契約解消費用、価値下落などの損害が発生したか | 請求書、支払履歴、DD費用明細、解除合意書、損害計算資料 |
| 因果関係 | 正しい説明があれば契約しなかった、条件を変えた、報酬を支払わなかったといえるか | 稟議資料、意向表明書、株式譲渡契約、交渉メモ、社内検討資料 |
特に重要なのは、契約上の業務範囲です。仲介会社・FAの契約では、情報の真実性・正確性を保証しない条項、買主自身がデューデリジェンスを行う条項、故意又は重過失がない限り責任を負わない条項、賠償額を受領報酬額に限定する条項などが置かれていることがあります。これらの条項の有無によって、責任追及の組み立ては大きく変わります。
そのため、損害賠償請求を検討する段階では、まずM&Aアドバイザリー契約・FA契約、仲介契約、エンゲージメントレター、重要事項説明資料を確認し、仲介会社・FAが何を約束していたのかを整理する必要があります。
また、M&A訴訟全般では、請求原因、証拠、時効、仮差押え、調停・仲裁との関係なども問題になります。訴訟手続全体の進め方は、M&A裁判・訴訟の進め方で整理し、本記事では仲介会社・FAを相手方にする責任追及に絞ります。
仲介会社・FAの義務範囲はどこまでか
仲介会社・FAの責任を考えるうえで最も重要なのは、仲介会社・FAが「何をすべき立場だったのか」です。M&Aの相手方、買収対象会社、売主、買主、士業専門家など、M&Aには複数の関係者が関与します。すべてのリスクを仲介会社・FAに負わせることはできません。
一方で、仲介会社・FAは単なる連絡係ではありません。契約上、企業概要書や参考資料の作成、情報の収集・整理、相手方との連絡調整、実務手続上の助言、DDのセッティング、交渉の立会いなどを行う立場であれば、その範囲で正確かつ適切な情報提供や、具体的に把握した重要事情の伝達が問題になります。
義務範囲は、次のように整理すると分かりやすくなります。
| 論点 | 責任追及で問題になる内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 情報提供・情報伝達 | 誤った情報を伝えたか、重要情報を伝えなかったか | 「知っていた」「確認できた」「説明した」といえる証拠が重要です。 |
| 善管注意義務 | 専門業者として通常求められる注意を尽くしたか | 契約内容、業務範囲、当事者の知識経験によって変わります。 |
| 中立性・利益相反管理 | 両手仲介、相手方手数料、成約優先の行動が不利益を与えたか | 詳細は利益相反・情報偏在の問題として整理します。 |
| DDとの役割分担 | 仲介会社・FAが買主の代わりに調査すべきだったか | 裁判例上、DD相当の調査義務までは否定されることがあります。 |
| 手数料・報酬説明 | 成功報酬、最低報酬、テール条項、相手方手数料の説明が十分だったか | 報酬条項そのものは手数料トラブルの記事で詳しく扱います。 |
たとえば、東京地裁令和4年2月24日判決は、仲介会社・FAの業務として、デューデリジェンスに該当する程度の買収対象事業の調査までは含まれないと整理しています。そのうえで、一般的に必要な財務資料等の開示を受けて買主に示すこと、DD実施のための体制や手順を整えること、開示過程で具体的に知った問題事情を伝えることにとどまると判断しています。
この考え方からすると、買主側が本来確認すべき財務・法務・税務・労務・許認可・賃貸借契約などのリスクを、仲介会社がすべて調査し保証するとは限りません。DD不足や売主側の情報開示不足が問題の中心である場合は、仲介会社責任だけでなく、DD不足・情報開示不足の問題として整理する必要があります。
他方で、仲介会社・FAが具体的に重要情報を知っていた、又は自ら誤った説明をした場合は別です。特に、東京地裁令和5年4月17日判決のように、取引の前提に関わる承諾の有無について誤った情報が伝えられ、その情報を前提に契約締結・報酬支払が行われた場合には、重過失による責任が問題になります。
また、中小企業庁の中小M&Aガイドラインでは、仲介者・FAに求められる説明、手数料、相手方手数料、利益相反、営業・広告などについて実務上の整理がされています。ただし、ガイドライン違反が直ちに損害賠償責任を発生させるわけではありません。実際の訴訟では、契約内容、説明経過、当事者の認識、損害との因果関係を具体的に立証する必要があります。
利益相反や両手仲介による情報の偏りが中心問題である場合は、M&A仲介の利益相反・情報偏在トラブルで整理し、本記事ではその利益相反が損害賠償請求の争点になる場面に絞って扱います。
責任追及を検討しやすいケース
仲介会社・FAへの責任追及を検討しやすいのは、単に「説明が足りなかった」と感じる場合ではなく、契約締結や報酬支払の判断に影響する重要な事情について、誤情報提供や不伝達があったといえる場合です。
典型的には、次のようなケースです。
| ケース | 責任追及の方向性 | 確認すべき証拠 |
|---|---|---|
| 誤った情報を伝えられて契約した | 責任追及を最も検討しやすい類型です。重要な前提に関する誤情報であれば、重過失が問題になります。 | メール、チャット、説明資料、議事録、相手方とのやり取り |
| 重要リスクを知りながら伝えなかった | 仲介会社・FAが具体的に把握していた事情であれば、情報伝達義務違反が争点になります。 | Q&A、DD資料、社内共有資料、売主からの回答、仲介会社のメモ |
| 成約を優先して不利な条件に誘導された | 利益相反、相手方手数料、両手仲介の構造が問題になります。 | 報酬契約、相手方手数料の説明資料、交渉経過、条件変更履歴 |
| 手数料・成功報酬の重要条件が十分説明されていない | 報酬発生条件、最低報酬、テール条項、直接交渉制限などが争点になります。 | 仲介契約、請求書、重要事項説明、報酬計算資料 |
| 責任限定条項があるが故意・重過失が疑われる | 免責・責任上限条項があっても、故意・重過失があれば争点化しやすくなります。 | 契約条項、説明内容、確認不足の経過、損害額資料 |
この中でも、最も重要なのは誤情報提供です。東京地裁令和5年4月17日判決では、仲介会社が、取引の前提となる承諾が得られた旨の誤った情報を伝えたことについて、正確かつ適切な情報提供をする注意義務に重過失で違反したと判断されました。このように、買主・売主が契約締結の判断をするうえで重要な情報が誤って伝えられた場合、損害賠償請求の余地が出てきます。
重要リスクの不伝達も問題になります。たとえば、買収対象事業の継続に必要な許認可・契約・取引先承諾・賃貸借契約・フランチャイズ契約・主要顧客との関係などについて、仲介会社・FAが具体的に問題を知っていたにもかかわらず伝えなかった場合です。ただし、単に「調べれば分かったはず」というだけでは弱く、仲介会社・FAが実際に把握していた、又は把握したうえで説明すべきだったといえる資料が重要になります。
利益相反や成約優先の行動も、損害賠償請求の背景事情になります。両手仲介では、仲介会社が売主・買主双方から報酬を受けることがあります。この構造自体が直ちに違法になるわけではありませんが、相手方手数料、価格交渉、情報の出し方、交渉条件の説明に偏りがある場合には、責任追及の補助事情になります。利益相反の見抜き方や初動は、M&A仲介の利益相反・情報偏在トラブルで詳しく整理しています。
手数料・成功報酬については、報酬額が高いことだけでは直ちに損害賠償請求の根拠にはなりません。しかし、成功報酬の発生条件、最低報酬、中間金、テール条項、直接交渉制限、相手方手数料などが十分説明されていない場合、報酬請求を争う余地があります。手数料・成功報酬の詳細は、M&A仲介手数料トラブルも確認してください。
責任限定条項がある場合も、請求を諦める必要があるとは限りません。M&A仲介契約やFA契約では、故意又は重過失がない限り責任を負わない、損害賠償額を受領済み報酬額に限定する、といった条項が置かれることがあります。もっとも、誤情報提供や重要情報の不伝達が重過失に当たるといえる場合には、その条項の適用範囲や限界が争点になります。
責任追及が難しいケース
一方で、仲介会社・FAに対する損害賠償請求は、常に認められるわけではありません。裁判例でも、仲介会社・FAの業務範囲、買主・売主自身の確認責任、DDで確認できた資料、損害との因果関係などを理由に、請求が否定されることがあります。
責任追及が難しくなりやすいのは、次のようなケースです。
| ケース | 難しくなる理由 | 見直すべきポイント |
|---|---|---|
| 買主・売主側でDDや確認を行う契約だった | 仲介会社が買主の代わりに調査・保証する立場ではないと判断される可能性があります。 | 契約上の業務範囲、DD委託先、質問事項、確認依頼の有無 |
| 仲介会社が具体的な問題事情を知らなかった | 情報伝達義務は、具体的に知った事情を前提に判断されることが多いためです。 | 仲介会社が受領した資料、売主回答、メール共有範囲 |
| 資料上、買主・売主が容易に認識できた | 説明不足があっても、資料提供により認識可能だったと判断されることがあります。 | IM、Q&A、DD資料、議事録、添付資料の内容 |
| 単なる結果への不満・期待外れにとどまる | M&A後の業績不振や想定外損失だけでは、仲介会社の義務違反とはいえません。 | 当時の説明と実際の結果の差、予測・保証の有無 |
| 損害と因果関係の立証が難しい | 義務違反があっても、それによって損害が発生したといえなければ請求は認められません。 | 正しい説明があれば契約しなかったといえる資料 |
東京地裁令和4年2月24日判決は、仲介会社・FAの責任追及が難しい境界を示す裁判例として重要です。同判決では、仲介会社が買収対象事業についてDD相当の調査を行う義務までは負わないとされ、一般的な資料開示やDDの体制整備、具体的に知った問題事情の伝達義務にとどまると整理されています。
また、東京地裁令和2年9月23日判決では、会計処理に関する告知義務が問題となりましたが、Q&Aシートの提供により買主側が容易に認識し得る状態になっていたとして、告知義務違反は否定されています。このように、仲介会社・FAが一定の情報提供をしており、買主側でも確認できたと判断される場合には、責任追及は難しくなります。
したがって、仲介会社・FAに責任追及する場合は、「なぜ自社では分からなかったのか」「仲介会社・FAは何を知っていたのか」「どの説明を信じて契約したのか」を具体的に説明できる必要があります。単に契約後に問題が発覚したというだけではなく、契約前の説明・資料・メール・議事録に戻って、当時の意思決定がどの情報に依存していたのかを整理することが重要です。
特に、詐欺・悪質買手・粉飾・資金流出などが絡む場合は、仲介会社・FAへの民事責任追及だけではなく、売主・買主・役員・対象会社関係者に対する請求や、場合によっては刑事・保全対応も検討対象になります。詐欺・悪質M&A本体の問題は、M&A詐欺・悪質M&Aの被害回復と切り分けて検討する必要があります。
このような責任肯定・責任否定の分岐は、裁判例を比較するとより明確になります。以下では、仲介会社・FAの責任が認められた裁判例と、責任が否定された裁判例を対比し、実務上どこが分かれ目になるのかを整理します。
裁判例から見る責任肯定・責任否定の分岐
M&A仲介会社・FAへの損害賠償請求では、裁判例を「勝った・負けた」で読むだけでは不十分です。重要なのは、どのような事情があると責任追及が認められやすく、どのような事情があると難しくなるのかを、自社の証拠に引き直して整理することです。
大まかには、次のように分かれます。
| 裁判例 | 方向性 | 主なポイント | 実務上の示唆 |
|---|---|---|---|
| 東京地裁令和5年4月17日判決 | 責任肯定 | 取引の前提となる承諾の有無について誤った情報を伝え、重過失による不法行為が認められた事例です。 | 重要な前提に関する誤情報提供は、仲介会社への損害賠償請求の中心論点になります。 |
| 東京地裁令和4年2月24日判決 | 責任否定 | 仲介会社・FAの業務として、DD相当の調査義務までは含まれないとされた事例です。 | 仲介会社が買主の代わりにすべてのリスクを調査・保証するとは限りません。 |
| 東京地裁令和2年9月23日判決 | 責任否定 | 会計処理に関する告知義務は問題になったものの、Q&Aシートにより買主側が容易に認識し得る状態だったとして、義務違反が否定されました。 | 資料に記載があり、買主側が確認できたと評価されると、責任追及は難しくなります。 |
| 東京地裁令和元年11月13日判決 | 報酬論点 | M&Aコンサルティング業務契約の締結自体は認められたものの、成功報酬支払請求権の発生は認められませんでした。 | 成功報酬を争う場合は、契約当事者、発生条件、スキーム変更の有無を丁寧に確認する必要があります。 |
| その他の情報開示・表明保証に関する裁判例 | 周辺論点 | 売主側役員の情報開示義務、表明保証違反、企業買収における説明義務などが問題になります。 | 仲介会社責任そのものとは切り分けつつ、DD不足・情報開示不足の検討材料になります。 |
責任が認められた裁判例
東京地裁令和5年4月17日判決は、M&A仲介会社・FAへの責任追及を検討するうえで重要な裁判例です。
この事案では、買主が対象会社の株式を取得するにあたり、対象会社が重要な取引上の地位を維持できるかどうかが問題になりました。買主にとっては、その地位が維持されることがM&Aの重要な前提でした。ところが、仲介業者は、必要な承諾が得られた旨を買主に伝えたものの、実際には承諾が得られていなかったと判断されました。
裁判所は、仲介業者が、承諾の有無について正確かつ適切な情報提供をする注意義務を負っていたと整理しました。そのうえで、M&A経験の乏しい売主側に対して承諾取得の必要性を明確に伝えたり、承諾に関する書面を準備したり、承諾取得後に相手方へ確認したりすることで、誤情報提供を避けることができたと判断しています。
この裁判例で重要なのは、単なる説明不足ではなく、取引の前提となる重要情報について、仲介業者が誤った情報を伝えた点です。しかも、誤りを防ぐための確認は難しいものではなく、専門業者であれば容易に予見・回避できたと評価されています。
損害については、買主が仲介業者に支払った成功報酬1100万円が、不法行為と相当因果関係のある損害と認められました。他方で、DD費用、契約書作成費用、合意書締結に関する弁護士費用などについては、契約上の責任限定条項との関係で認められていません。また、買主側に過失相殺すべき事情があるとの主張も採用されませんでした。
この裁判例からは、次のような場合に責任追及を前向きに検討しやすいことが分かります。
- 契約締結の前提となる重要情報について、仲介会社・FAから明確な説明を受けていた。
- その説明が事実と異なっていた。
- 仲介会社・FAが専門業者として確認すれば、誤情報を避けられた。
- その説明を信じて契約締結や成功報酬支払を行った。
- 成功報酬、DD費用、契約解消費用など、具体的な損害が発生している。
特に、許認可、主要取引先の承諾、フランチャイズ・代理店契約、賃貸借契約、重要顧客との取引継続、金融機関同意などは、M&Aの前提条件になりやすい事項です。これらについて仲介会社・FAから「問題ない」「承諾済み」「継続できる」と説明されていた場合は、その説明の根拠資料を確認する必要があります。
責任が否定された裁判例
一方で、東京地裁令和4年2月24日判決は、仲介会社・FAへの責任追及が難しい境界を示す裁判例です。
この事案では、飲食店舗の事業譲渡をめぐり、仲介会社が買主・売主の双方と契約し、高額な成功報酬を受けていたこと、店舗承継に関する重要情報を操作・秘匿したのではないかといった点が問題になりました。しかし、裁判所は、仲介会社が行うべき業務として、買収対象事業についてDDに該当する程度の調査までは含まれないと整理しました。
裁判所が重視したのは、仲介会社の義務が、一般的に必要とされる資料を売主から受けて買主に示すこと、DD実施のための体制や手順を整えること、開示過程で具体的に知った問題事情を伝えることにとどまるという点です。つまり、仲介会社・FAは、買主の代わりに法務・財務・税務・労務・不動産・許認可のリスクを網羅的に調査する立場とは限りません。
この裁判例は、責任追及を否定する方向で使われやすい判断軸を示しています。仲介会社・FAに対して「もっと調査すべきだった」と主張する場合でも、契約上、その調査が仲介会社・FAの業務に含まれていたのか、買主側のDDで確認すべき事項ではなかったのかを検討する必要があります。
告知義務違反が否定された裁判例
東京地裁令和2年9月23日判決も、責任追及の限界を考えるうえで参考になります。
この事案では、仲介者が買収対象企業の会計処理を認識していたこと、その会計処理が買収判断に重大な影響を与える事項だったことから、買主に告知すべき義務を負っていたかが問題になりました。裁判所は、告知すべき義務自体は問題にしましたが、仲介者が買主側にQ&Aシートを提供しており、買主側がその会計処理の存在を容易に認識し得る状態になっていたとして、告知義務違反を否定しました。
この裁判例からは、仲介会社・FAが資料を提供しており、その資料を読めば問題を把握できたと評価される場合には、「説明されなかった」という主張だけでは弱くなることが分かります。反対に、資料のどこにも記載がない、資料の記載が曖昧で誤解を招く、仲介会社・FAが別途「問題ない」と説明していたといった事情があれば、争点は変わります。
報酬・表明保証・情報開示の周辺裁判例
M&A仲介会社・FAへの責任追及では、報酬、表明保証、情報開示の裁判例も補助的に参考になります。
東京地裁令和元年11月13日判決では、M&Aに関するコンサルティング業務契約の締結自体は認められたものの、同契約に基づく成功報酬の支払請求権が発生したとは認められず、表明保証条項違反も認められませんでした。報酬を争う場合、単に「M&Aに関与した」だけではなく、契約上の報酬発生条件、契約当事者、取引スキーム、クロージングとの関係を確認する必要があります。成功報酬・最低報酬・テール条項の詳細は、M&A仲介手数料トラブルで整理しています。
また、東京地裁令和4年1月28日判決、東京地裁平成18年1月17日判決、大阪地裁平成20年7月11日判決などは、仲介会社・FAそのものの責任ではなく、M&A取引における情報開示義務、表明保証違反、売主側の調査協力義務などが問題になった裁判例です。これらは、仲介会社への請求を直接基礎づけるものではありませんが、M&Aでは「誰が、どの情報を、いつ、どの範囲で開示すべきだったのか」が重大な争点になることを示しています。
そのため、仲介会社・FAへの請求と、売主・買主・役員・対象会社関係者への請求は、混ぜずに整理する必要があります。DD不足や情報開示不足、表明保証違反が中心であれば、DD不足・情報開示不足のトラブルとして、別の請求構成も検討します。
裁判例から分かる判断軸
裁判例を踏まえると、仲介会社・FAへの責任追及では、次の判断軸に落とし込むのが実務的です。
| 判断軸 | 責任追及に有利な事情 | 責任追及に不利な事情 |
|---|---|---|
| 情報の重要性 | 契約締結・価格・報酬支払の前提になる情報だった | 取引結果に影響しにくい周辺情報だった |
| 仲介会社・FAの認識 | 具体的に知っていた、又は容易に確認できた | 仲介会社・FAが知らず、知るべき事情も乏しい |
| 説明内容 | 「承諾済み」「問題ない」など明確な説明があった | 資料を共有しただけで、保証的な説明はない |
| 買主・売主側の確認可能性 | 資料からは分からず、仲介会社の説明に依存していた | Q&AやDD資料を読めば容易に分かった |
| 損害・因果関係 | 正しい情報があれば契約しなかった、又は報酬を支払わなかったといえる | 問題を知っていても契約した可能性が高い |
この表を自社事案に当てはめると、弁護士に相談する前の段階でも、請求の見込みをかなり整理できます。
損害賠償請求の前に整理すべき証拠
仲介会社・FAへの損害賠償請求では、証拠の整理が結論を大きく左右します。感情的には「説明が足りなかった」と思える場合でも、訴訟や交渉では、いつ、誰が、どの資料で、どのように説明したのかを示す必要があります。
最低限、次の3分類で資料を整理します。
| 分類 | 資料の例 | 確認するポイント |
|---|---|---|
| 契約関係資料 | 仲介契約、FA契約、エンゲージメントレター、重要事項説明、報酬表、責任限定条項 | 業務範囲、報酬発生条件、免責・責任上限、相手方手数料、直接交渉制限 |
| 説明・検討過程の資料 | 企業概要書、IM、提案資料、DD依頼資料、Q&A、議事録、メール、チャット、録音メモ | 仲介会社・FAが何を説明し、何を知っていたか、買主・売主が何を確認できたか |
| 損害・支払関係資料 | 成功報酬請求書、支払履歴、DD費用、契約解除合意書、損害計算資料、社内稟議資料 | どの支出が仲介会社・FAの義務違反と結びつくか |
証拠整理では、資料をただ集めるだけではなく、時系列に並べることが重要です。たとえば、次のような争点表を作ると、相談時に事情を説明しやすくなります。
| 時期 | 仲介会社・FAの説明 | 実際に判明した事実 | 損害との関係 |
|---|---|---|---|
| 初回提案時 | 対象会社・事業の強み、承継できる権利、主要取引先との関係 | 説明と異なる前提があったか | 意向表明や価格提示に影響したか |
| DD・Q&A時 | リスクの有無、資料の所在、相手方回答 | 仲介会社が知っていた資料・回答があるか | 契約条件や撤退判断に影響したか |
| 最終契約前 | 承諾取得、条件充足、問題なしとの説明 | 承諾未取得、条件未充足、重要リスクがあったか | 契約締結・報酬支払に直結したか |
| 契約後 | 問題発覚後の説明、責任否定、報酬請求 | 説明の変遷、資料提出拒否、社内確認の有無 | 交渉・訴訟方針に影響するか |
特にメール、チャット、オンライン会議の議事録、録音メモは、後から削除・散逸しやすい資料です。担当者が退職したり、仲介会社の担当窓口が変わったりすると、やり取りの再現が難しくなるため、早めに保全しておく必要があります。
仲介会社・FAと交渉する前の注意点
仲介会社・FAへの責任追及を考えるときは、いきなり強い通知を出したり、報酬支払を拒絶したりする前に、契約条項と証拠を確認する必要があります。初動を誤ると、こちらが契約違反を主張されたり、交渉材料を失ったりすることがあります。
支払拒否・解除通知を急がない
成功報酬の支払前であれば、支払を止めたいと考えるのは自然です。しかし、仲介契約・FA契約には、支払期限、遅延損害金、解除条項、直接交渉制限、テール条項などが定められていることがあります。
支払拒否や解除通知を出す前に、報酬発生条件が満たされているか、解除によって別の報酬や違約金が発生しないか、通知方法・期限に問題がないかを確認してください。報酬条項の争いは、M&A仲介手数料トラブルやM&Aアドバイザリー契約・FA契約とも接続します。
時効・証拠保全を確認する
損害賠償請求には時効の問題があります。時効期間は、請求原因、契約関係、不法行為の構成、損害や相手方を知った時期などによって変わるため、早めに確認する必要があります。
また、証拠保全も重要です。メール、チャット、共有フォルダ、オンライン会議録、議事録、見積書、請求書、支払履歴、相手方説明資料を保存し、可能であれば原本性や作成日時が分かる形で保全します。
仲介会社・FAとの交渉では、「言った・言わない」になりやすいため、電話だけで重要なやり取りを進めるのは避け、後から確認できる形で記録を残すことが重要です。
詐欺・訴訟一般は別の争点として切り分ける
対象会社の粉飾、悪質買手、資金流出、譲渡後の不正、表明保証違反などが絡む場合、仲介会社・FAへの責任追及だけで解決しないことがあります。その場合は、売主、買主、対象会社役員、実質的支配者、保証人など、別の相手方への請求も検討対象になります。
詐欺・悪質M&Aが疑われる場合は、M&A詐欺・悪質M&Aの被害回復を確認してください。また、訴訟、調停、仲裁、仮差押えなど手続全体の整理は、M&A裁判・訴訟の進め方で確認するのが適切です。
FAQ
M&A仲介会社を訴えることはできますか
訴えること自体は可能ですが、請求が認められるには、仲介会社・FAの義務違反、損害、因果関係を証拠で示す必要があります。誤情報提供や重要情報の不伝達がある場合は、責任追及を検討しやすくなります。
M&A仲介会社に損害賠償請求できる典型例は何ですか
重要な承諾が得られていないのに「承諾済み」と説明された、具体的に知っていた重要リスクを伝えなかった、成功報酬を得るために不利な条件へ誘導した、責任限定条項があっても重過失が疑われる、といった場合です。
M&A仲介の判例・裁判例では何が問題になりますか
主に、仲介会社・FAの業務範囲、情報提供義務、具体的に知った問題事情の伝達義務、DDとの役割分担、責任限定条項、成功報酬相当損害、買主側の確認可能性などが問題になります。
責任限定条項がある場合でも請求できますか
可能性はあります。契約上、故意又は重過失がない限り責任を負わない、賠償額を受領報酬額に限定する、という条項がある場合でも、重過失の有無や条項の適用範囲が争点になります。契約条項の確認は不可欠です。
成功報酬を支払った後でも返還・損害賠償請求できますか
事案によります。誤情報提供や重過失と成功報酬支払との因果関係が認められる場合には、成功報酬相当額が損害として問題になることがあります。ただし、報酬発生条件や責任限定条項も確認する必要があります。
FAにも損害賠償請求できますか
FAについても、契約上の業務範囲、助言内容、説明経過、責任限定条項、損害との因果関係によっては請求を検討できます。仲介かFAかという名称だけではなく、実際にどの業務を引き受けていたかが重要です。
まとめ:仲介会社・FAへの責任追及は裁判例と証拠から判断する
M&A仲介会社・FAに対する損害賠償請求は、感情的な不満だけで判断するものではありません。裁判例を見ると、責任が認められる場合と否定される場合の分かれ目は、かなり具体的です。
特に重要なのは、次の点です。
- 取引の前提となる重要情報について、誤った説明があったか。
- 仲介会社・FAが具体的に問題事情を知っていたか。
- 買主・売主側で資料から容易に確認できたか。
- 契約上、仲介会社・FAの業務範囲や責任限定条項がどう定められているか。
- 成功報酬、DD費用、契約解消費用などの損害と義務違反との因果関係を説明できるか。
東京地裁令和5年4月17日判決のように、重要な前提に関する誤情報提供があり、専門業者として容易に確認・回避できたといえる場合には、責任追及を検討すべきです。他方で、東京地裁令和4年2月24日判決や東京地裁令和2年9月23日判決のように、仲介会社・FAの業務範囲を超える調査を求めている場合や、資料上買主側が認識できた場合には、請求が難しくなることがあります。
まずは、契約書、エンゲージメントレター、重要事項説明、企業概要書、DD資料、Q&A、メール、議事録、報酬請求書、支払履歴を整理し、どの説明がどの意思決定に影響したのかを時系列で確認してください。
坂尾陽弁護士
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