M&A後に、簿外債務・粉飾・法令違反・大型クレームなどが見つかると、多くの場合で「これは表明保証違反に当たるのではないか」という問題意識が生じます。
検索で「表明保証違反 事例」を探す方の多くは、
- いま起きている事象が、どの程度のリスクなのか
- 買主・売主として、まず何を確認し、どう動くべきか
を知りたいはずです。
本記事では、裁判例ベースの代表的な事例のパターンを押さえたうえで、買主・売主それぞれのチェックポイントと初動対応を整理します。
- 表明保証違反が疑われる典型的な場面・事例のイメージ
- 買主・売主共通のチェックポイント(事実・契約・損害・期限)
- 表明保証違反が疑われるときの買主側の初動対応
- 表明保証違反を指摘されたときの売主側の初動対応
- 専門家に相談すべきタイミングと、相談前に準備しておきたい資料
執筆者:弁護士 坂尾 陽(企業法務・M&A担当)
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表明保証違反「疑い」が生じる典型パターン
表明保証条項は、対象会社の財務・法令遵守・契約関係などについて、売主(または対象会社)が一定の事実を真実かつ正確であると約束する条項です。
M&A後に次のような事実が判明すると、表明保証違反の「疑い」が生じやすくなります。
- 財務諸表には載っていない簿外債務・偶発債務が見つかった
- 税務調査・労基署調査などで、長年の法令違反が発覚した
- 重要取引先との訴訟・紛争を、売主がほとんど開示していなかった
- 知財・IT・許認可など、事業の根幹に関わる問題が隠れていた
こうした場面では、
- 「どこまでが表明保証違反なのか」
- 「損害として認められるのはどの範囲か」
- 「買主・売主のどちらが、どこまで責任を負うのか」
といった論点が複雑に絡み合います。
本記事の目的は、個々の条文解説ではなく、**「違反が疑われたときの考え方と動き方」**を整理することにあります。条文の基本構造自体は、
で詳しく扱う前提です。
表明保証違反が問題となった代表的な事例【裁判例ベース】
ここでは、公開されている裁判例をベースに、よく問題となるパターンを3つに整理します。
【事例1】純資産の減少=損害と認定されたケース(東京地裁平成18年1月17日判決:いわゆるアルコ事件)
株式譲渡価格が対象会社の簿価純資産を基準として決められていた事案で、後に簿外債務などが発覚し、純資産が大きく減少していたケースです。裁判所は、
- 売主の表明保証違反を認めたうえで、
- 純資産の減少分を損害と認定しました。
→ 「純資産基準で価格を決めている場合、簿外債務などで純資産が減ると、その減少分そのものが損害になり得る」という典型パターンです。
ここでは、対象会社の和解債権処理を売主が故意に秘匿していたことが表明保証違反とされました。一方で、判決は、
- 買主が通常の注意を尽くせば違反を知り得たのに、重大な過失により見逃した場合には、売主に免責の余地があること
も示しています。
→ 買主は「どうせ表明保証があるから大丈夫」と過信すべきではなく、売主も「DDをやっているのだから責任は軽いはず」と安易に考えるべきではない、という示唆といえます。
【事例2】DCF評価減は損害と認められなかったケース(東京地裁平成23年4月15日判決)
別の事案では、対象会社の債務未開示や売掛金の不存在が表明保証違反と認定されましたが、
- 株式価格はDCF法による評価結果を参考に、交渉で決められていたに過ぎないとして、
- DCF評価と実際の価格との差額は、そのまま損害とは認められませんでした。→「DCF評価が下がった=そのまま損害」とは限らず、評価方法と価格合意の関係が重要になることを示す事例です。
是正工事費用などを損害と認定したケース(東京地裁平成24年1月27日判決・東京高裁平成27年12月2日判決など)
対象会社所有の工場が消防法等に違反しており、許認可の取り直しや是正工事が必要になった事案では、
- 売主の表明保証違反を認めたうえで、
- 是正に必要な工事費用や関連コストを、表明保証違反により生じた損害として認定した裁判例があります。
もっとも、裁判所は、
- 表明保証の内容
- 実際に必要だった工事の範囲
を具体的に検討し、保証内容の実現に必要な範囲に損害を限定したことも指摘されています。
買主・売主共通で押さえるべきチェックポイント
上記のような表明保証違反の事例に共通するのは、
- 何が事実として起きているのか
- 契約上、どの表明保証にどう違反しているのか
- その結果、どの範囲の損害が生じている(または生じ得る)のか
という三層構造で整理する必要がある、という点です。
実務的には、買主・売主ともに、少なくとも次の点をチェックしておくべきです。
- 事実関係の整理
いつ・どのような経緯で問題が判明したか、誰が何を知っていたか、メール・議事録・決裁書などの客観資料を集める。 - どの表明保証条項に関係するか
財務・簿外債務・法令遵守・訴訟・許認可など、該当し得る条文を洗い出し、例外開示(ディスクロージャースケジュール)の有無も確認する。 - 補償条項・責任制限条項との関係
補償対象となる損害の範囲(直接損害・付随費用など)、キャップ・バスケット・サバイバル期間の有無を確認する。 - 損害の内容と規模
是正工事費用・追加税負担・簿外債務の支出・株価評価減など、具体的な金額と算定根拠を整理する。 - 通知期限・手続き条項
表明保証違反に基づく請求の通知期限(例:クロージング後年以内、知った日から●か月以内)や、交渉・紛争解決条項の定めを確認する。
契約書には、表明保証違反に基づく補償請求について存続期間(サバイバル)や通知期限が定められていることが多く、期限を過ぎると請求ができなくなるリスクがあります。違反を疑った時点で、まずこの期限だけは必ず確認しておくべきです。
表明保証違反が疑われるときの買主側の初動対応
「これは表明保証違反ではないか」と感じたとき、買主側としては次のようなステップで動くことが多いです。
① 感情的な交渉の前に、事実と資料を固める
- 問題の発端となったメール・通知・検査結果・調査報告書などを確保する
- クロージング前後の社内議事録・稟議書・DDレポートを確認し、「誰が何を知っていたか」を整理する
この段階で相手方に詰め寄ると、かえって証拠保全が難しくなる場合もあるため、まずは社内で静かに整理することが重要です。
② 契約書上の根拠を確認する
- 該当し得る表明保証条項を特定し、条文の文言(material/knowledge限定など)をチェックする
- 補償条項における、補償の対象・範囲・上限・サバイバル期間を確認する
ここで、「どの条文の違反として主張するのか」「請求できる損害はどこまでか」のたたき台を作ります。
③ 暫定的な損害イメージを持つ
- 是正工事費用、追加税負担、人件費など、現時点で見込まれる支出
- 調整済み純資産額や将来キャッシュフローへの影響など、企業価値への影響
を粗くでも良いので見積もり、「数百万円」「数億円」レベルなのかを掴みます。
裁判例では、必ずしも買主の主張する評価減・将来損失がすべて認められているわけではなく、純資産の減少分や是正費用など、比較的客観的な損害に絞って認定している傾向があります。初期段階では、「実務上認められやすい枠」も意識すると、交渉がこじれにくくなります。
④ 専門家と方針を検討し、必要に応じて通知する
ここまで整理した情報をもとに、M&Aに詳しい弁護士・FA・会計士などと協議し、
- 請求の射程(どの条項・どの損害まで主張するか)
- 一旦交渉で解決を目指すのか、早期に訴訟・仲裁も視野に入れるのか
- どのタイミングで、どの程度の内容を相手方に通知するか
を検討します。
「表明 保証 違反 買主 対応」としては、**「クレーム通知だけ先に出し、詳細は追って送る」**という形で、通知期限だけは確保しておく手法もよく用いられます。
表明保証違反を指摘されたときの売主側の初動対応
一方で、売主として**「表明保証違反だ」と通知を受けた側**は、感情的に否定する前に、次のような視点で整理する必要があります。
- 事実関係はどうだったのか(当時何を知っていたか)
- 契約上、どこまで表明・保証していたのか
- どこまで開示・説明をしていたか
- 買主の側に、どこまで注意義務・認識があったか
① 事実と開示状況の棚卸し
- 問題となっている事実について、社内の担当者・顧問税理士・会計士などからヒアリングする
- DDの過程で、どの資料・情報を提供していたかを確認する
- ディスクロージャースケジュールや説明資料に、問題の事実がどこまで含まれていたかを確認する
② 契約上の表明保証と補償の範囲を確認する
- 当該リスクが、契約上どの表明保証項目に含まれているか
- 「重要な(material)」「知る限り(to the best of knowledge)」などの限定が付いているか
- 責任上限・バスケット・サバイバルなどの責任制限条項がどうなっているか
を確認し、「売主としてどこまで法律上の責任を負う前提か」を把握します。
③ 買主の重過失・認識状況も検討する
アルコ事件のように、買主が通常期待される注意義務を著しく怠った場合には、売主が免責され得るとした裁判例もあります。
もちろん、これを理由に無条件で責任を否定できるわけではありませんが、
- DD資料の内容
- 買主側アドバイザーからの質問の有無
- 買主にとって重要性が明らかだったかどうか
といった事情を整理しておくと、交渉上も裁判上も意味を持ち得ます。
売主としては、「DDを受けてもらったのだから、あとは買主の自己責任だ」という感覚を持ちがちですが、**故意の秘匿や重要事項の開示漏れがあると、表明保証違反の責任を免れない可能性が高くなります。**事案ごとに、どこまで責任を負わざるを得ないかを、冷静に評価することが重要です。
専門家に相談すべきタイミングと準備しておきたい資料
表明保証違反・簿外債務トラブルは、金額が大きく、契約文言・会計・税務・業法などが絡む複雑な紛争になりやすい分野です。
次のような場合には、早期にM&Aに詳しい弁護士への相談を検討すべきです。
- 影響額が数千万円〜数億円規模になり得ると見込まれる
- 表明保証や補償条項に関する条文解釈が争点になりそうである
- 買主・売主のどちらかが、すでに弁護士を代理人として立てている
- 仲裁合意・専属的合意管轄・準拠法条項など、紛争解決条項の解釈が必要になりそうである
相談前に準備しておくと望ましい資料としては、例えば次のようなものが挙げられます。
- 最終契約書(株式譲渡契約書・事業譲渡契約書など)一式
- デューデリジェンスレポート・Q&Aリスト・ディスクロージャースケジュール
- 問題が発覚した経緯が分かるメール・議事録・報告書
- 現時点で想定している損害内容と概算額(是正費用・税負担・将来コストなど)
これらが揃っていれば、**「どの条文を根拠に、どこまで主張し得るか」「交渉でどのような落としどころを目指すか」**といった見通しを早期に立てることができます。
まとめ【チェックポイントの再確認】
- 表明保証違反の事例では、簿外債務や法令違反是正費用など、対象会社の純資産減少や是正コストが損害として認められることが多い一方、DCF評価減などはそのまま損害とならないケースもあります。
- 表明保証違反が疑われたときは、買主・売主ともに、事実関係・契約条文・補償条項・責任制限・損害の内容・通知期限を体系的に整理することが出発点になります。
- 「表明 保証 違反 買主 対応」としては、感情的な交渉の前に、証拠の確保と社内整理、契約上の根拠の確認、暫定的な損害イメージの把握を行い、そのうえでクレーム通知や交渉方針を検討することが重要です。
- 「表明 保証 違反 売主 対応」としては、事実と開示状況の棚卸し、表明保証条項と責任制限条項の確認に加え、買主の注意義務・重過失の有無も視野に入れて対応方針を検討すべきです。
- 金額規模が大きい場合や、条文解釈・紛争解決条項が絡む場合には、M&Aに詳しい弁護士・専門家に早期に相談し、交渉や訴訟・仲裁も見据えた戦略を立てることが、将来の損失と時間的コストを抑えるうえで有効です。
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