会社法107条の役割
(株式の内容についての特別の定め)
第百七条 株式会社は、その発行する全部の株式の内容として次に掲げる事項を定めることができる。
一 譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要すること。
二 当該株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること。
三 当該株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること。
2 株式会社は、全部の株式の内容として次の各号に掲げる事項を定めるときは、当該各号に定める事項を定款で定めなければならない。
一 譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要すること 次に掲げる事項
イ 当該株式を譲渡により取得することについて当該株式会社の承認を要する旨
ロ 一定の場合においては株式会社が第百三十六条又は第百三十七条第一項の承認をしたものとみなすときは、その旨及び当該一定の場合
二 当該株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること 次に掲げる事項
イ 株主が当該株式会社に対して当該株主の有する株式を取得することを請求することができる旨
ロ イの株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の社債(新株予約権付社債についてのものを除く。)を交付するときは、当該社債の種類(第六百八十一条第一号に規定する種類をいう。以下この編において同じ。)及び種類ごとの各社債の金額の合計額又はその算定方法
ハ イの株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の新株予約権(新株予約権付社債に付されたものを除く。)を交付するときは、当該新株予約権の内容及び数又はその算定方法
ニ イの株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の新株予約権付社債を交付するときは、当該新株予約権付社債についてのロに規定する事項及び当該新株予約権付社債に付された新株予約権についてのハに規定する事項
ホ イの株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の株式等(株式、社債及び新株予約権をいう。以下同じ。)以外の財産を交付するときは、当該財産の内容及び数若しくは額又はこれらの算定方法
ヘ 株主が当該株式会社に対して当該株式を取得することを請求することができる期間
三 当該株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること 次に掲げる事項
イ 一定の事由が生じた日に当該株式会社がその株式を取得する旨及びその事由
ロ 当該株式会社が別に定める日が到来することをもってイの事由とするときは、その旨
ハ イの事由が生じた日にイの株式の一部を取得することとするときは、その旨及び取得する株式の一部の決定の方法
ニ イの株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の社債(新株予約権付社債についてのものを除く。)を交付するときは、当該社債の種類及び種類ごとの各社債の金額の合計額又はその算定方法
ホ イの株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の新株予約権(新株予約権付社債に付されたものを除く。)を交付するときは、当該新株予約権の内容及び数又はその算定方法
ヘ イの株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の新株予約権付社債を交付するときは、当該新株予約権付社債についてのニに規定する事項及び当該新株予約権付社債に付された新株予約権についてのホに規定する事項
ト イの株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の株式等以外の財産を交付するときは、当該財産の内容及び数若しくは額又はこれらの算定方法
会社法107条は全株式の内容として、譲渡制限株式・取得請求権付株式・取得条項付株式とする場合の規定です。会社法107条は種類株式発行会社(会社法2条13号)でない会社に適用されるものであり、種類株式発行会社の株式の内容については108条が適用されます。例えば、普通株式と剰余金配当についての優先株式が発行されており、両方に譲渡制限が付されるような場合は、全株式に譲渡制限が付されていますが、種類株式発行会社であるため108条が適用されることになります。
会社法107条は、会社法108条においても準用されていますが、会社法107条と108条の違いとして取得請求権付株式と取得条項付株式において株式を対価とすることは会社法107条では認められていませんが、会社法108条では認められています(会社法108条2項5号ロ、6号ロ)。株式を対価とするためには異なる種類の株式が存在する必要があるため、種類株式発行会社においてのみ株式を対価とできるのではないかと思われます。
譲渡制限株式(会社法107条1項1号)
譲渡制限株式は、譲渡による株式の取得について株式会社の承認を要するものであり、譲渡承認手続きについて会社法136条から145条までで定められています。
会社法は譲渡による取得を承認の対象としていますが、これは譲渡自体を承認の対象とはしないことにより当事者間の譲渡自体は有効であることを明確にしたものと考えられます。
実務上は譲渡の承認があったとみなす旨を定款で定めることが少なくありません。例えば、他株主が譲受人となる場合には譲渡の承認をしたものとみなすこと等があります。
取得請求権付株式(会社法107条1項2号)
取得請求権付株式は、株主が株式会社に対して株式の取得を請求できる株式であり、取得請求の手続きについて会社法166条・167条で定められています。
取得請求権の行使に条件を付けることもできると考えられており、例えば、一定金額の払込みを条件とすることなども可能と解されています。
取得条項付株式(会社法107条1項2号)
取得条件付株式は一定事由が生じたことを条件に株式会社が取得できる株式であり、取得の手続きについては会社法168条から170条に定められています。
取得条項付株式の対価は、複数の種類の財産を組み合わせることもでできますし、株主に対価を選択させることも許されると考えられています。これに対し、会社法が取得の対価を定めることを要求しているのは株主が対価を予想することができるためであるところ、会社側が対価を選択することは株主が対価を予想できずに許されないと考えられます。もっとも、会社法108条に基づく取得条項付株式において対価の異なる取得条項のそれぞれが規定されている種類株式がありますが、このような場合には実質的に会社側が対価を選択できることになります。
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株式の譲渡を制限に関する契約や特別法
会社法107条・108条において譲渡制限付株式が定められていますが、実務上は様々な理由から株式の譲渡を制限する契約や特別法が存在することに注意が必要です。例えば、上場会社の普通株式は譲渡制限を付すことはできませんが、上場後に大量に株式が売却されることを防ぐため大株主が保有する上場会社の普通株式について契約で譲渡制限を付すことは少なくありません。
発行会社と株主との間の契約による譲渡制限
会社法が株式の譲渡制限を定めたのは、株主の投下資本を回収する機会の保障と、株式会社の閉鎖性を維持する要請とを調整するためと考えられます。そのため、会社法による譲渡制限制度を利用せずに、発行会社が契約によって譲渡制限を付すことは株主の投下資本を回収する機会を奪うことになり許されないとも考えられます。
しかし、上場規程等による継続保有の確約という制限や、業務提携を行うための必要性等から発行会社が株式の譲渡制限の合意に関与せざるを得ないことがあります。そのため、合理的な制限であれば発行会社と株主との間の契約による譲渡制限も有効となると考えられます。
他株主や第三者との間の契約による譲渡制限
発行会社が契約当事者ではない場合、契約に基づく株式の譲渡制限も有効であると考えられます。
例えば、IPOにおけるロックアップ契約は、会社役員やVC等の大株主と引受証券会社が締結するものであり、株式公開後に一定期間は株式の譲渡を制限するもので実務上多くみられます。ロックアップ契約がなければ、大株主が大量の株式を売却することによる株価低下がいつ起こるか分からないため投資家が株式取得を躊躇します。このような事態を防ぐためにロックアップ契約は合理的・有益であるため有効であると解されます。
特別法による譲渡制限
銀行法・保険業法・金商法においては、銀行・保険会社・株式会社金融商品取引所に関して、主要株主基準値以上の議決権の保有者となろうとする者はあらかじめ認可を得る必要がある旨を規定しています。また、放送法や航空法には外資規制が課されており、外資規制に抵触するような名義書換えは拒否できるとされています。
その他にも外為法において、外国投資家が国内会社の株式を取得する場合の規制が定められています。外為法の規制はクロスボーダーM&A等における実務において留意が必要な点です。
会社法108条の概要
(異なる種類の株式)
第百八条 株式会社は、次に掲げる事項について異なる定めをした内容の異なる二以上の種類の株式を発行することができる。ただし、指名委員会等設置会社及び公開会社は、第九号に掲げる事項についての定めがある種類の株式を発行することができない。
一 剰余金の配当
二 残余財産の分配
三 株主総会において議決権を行使することができる事項
四 譲渡による当該種類の株式の取得について当該株式会社の承認を要すること。
五 当該種類の株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること。
六 当該種類の株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること。
七 当該種類の株式について、当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること。
八 株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会、清算人会設置会社(第四百七十八条第八項に規定する清算人会設置会社をいう。以下この条において同じ。)にあっては株主総会又は清算人会)において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの
九 当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員である取締役又はそれ以外の取締役。次項第九号及び第百十二条第一項において同じ。)又は監査役を選任すること。
2 株式会社は、次の各号に掲げる事項について内容の異なる二以上の種類の株式を発行する場合には、当該各号に定める事項及び発行可能種類株式総数を定款で定めなければならない。
一 剰余金の配当 当該種類の株主に交付する配当財産の価額の決定の方法、剰余金の配当をする条件その他剰余金の配当に関する取扱いの内容
二 残余財産の分配 当該種類の株主に交付する残余財産の価額の決定の方法、当該残余財産の種類その他残余財産の分配に関する取扱いの内容
三 株主総会において議決権を行使することができる事項 次に掲げる事項
イ 株主総会において議決権を行使することができる事項
ロ 当該種類の株式につき議決権の行使の条件を定めるときは、その条件
四 譲渡による当該種類の株式の取得について当該株式会社の承認を要すること 当該種類の株式についての前条第二項第一号に定める事項
五 当該種類の株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること 次に掲げる事項
イ 当該種類の株式についての前条第二項第二号に定める事項
ロ 当該種類の株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の他の株式を交付するときは、当該他の株式の種類及び種類ごとの数又はその算定方法
六 当該種類の株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること 次に掲げる事項
イ 当該種類の株式についての前条第二項第三号に定める事項
ロ 当該種類の株式一株を取得するのと引換えに当該株主に対して当該株式会社の他の株式を交付するときは、当該他の株式の種類及び種類ごとの数又はその算定方法
七 当該種類の株式について、当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること 次に掲げる事項
イ 第百七十一条第一項第一号に規定する取得対価の価額の決定の方法
ロ 当該株主総会の決議をすることができるか否かについての条件を定めるときは、その条件
八 株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会、清算人会設置会社にあっては株主総会又は清算人会)において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの 次に掲げる事項
イ 当該種類株主総会の決議があることを必要とする事項
ロ 当該種類株主総会の決議を必要とする条件を定めるときは、その条件
九 当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役又は監査役を選任すること 次に掲げる事項
イ 当該種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役又は監査役を選任すること及び選任する取締役又は監査役の数
ロ イの定めにより選任することができる取締役又は監査役の全部又は一部を他の種類株主と共同して選任することとするときは、当該他の種類株主の有する株式の種類及び共同して選任する取締役又は監査役の数
ハ イ又はロに掲げる事項を変更する条件があるときは、その条件及びその条件が成就した場合における変更後のイ又はロに掲げる事項
ニ イからハまでに掲げるもののほか、法務省令で定める事項
3 前項の規定にかかわらず、同項各号に定める事項(剰余金の配当について内容の異なる種類の種類株主が配当を受けることができる額その他法務省令で定める事項に限る。)の全部又は一部については、当該種類の株式を初めて発行する時までに、株主総会(取締役会設置会社にあっては株主総会又は取締役会、清算人会設置会社にあっては株主総会又は清算人会)の決議によって定める旨を定款で定めることができる。この場合においては、その内容の要綱を定款で定めなければならない。
会社法108条は、種類株式発行会社(会社法2条13号)において発行できる株式の内容を定めています。会社法108条1項1号から9号において定められている株式の内容は以下の通りです。
- 剰余金の配当
- 残余財産の分配
- 株主総会における議決権
- 株式の譲渡制限
- 株主による取得請求権
- 会社による取得条項
- 会社による全部取得条項
- 株主総会の決議事項への拒否権
- 種類株主総会による役員選任権
複数の組み合わせによる種類株式の設計
実務上はこれらを組み合わせて種類株式が設計されることが少なくありません。例えば、剰余金の配当や残余財産の分配について優先権を認める代わりに無議決権株式とし、取得請求権や取得条項を付すもの等が見られます。
なお、特定の種類の株式にだけ株券を発行することはできず、種類株式発行会社であっても株券の発行・不発行は全株式について統一されます(会社法214条括弧書き)。
優先株式についての設計
剰余金の配当や残余財産の分配については、実務的には多くの場合に普通株式に優先する旨の種類株式が発行されています。
例えば、配当について1株100円の優先配当を支払うとした場合、普通株式にそれを超える配当をするときに割合に応じて優先株式にさらに配当を行う(参加的優先株式)か優先配当を超える配当を行わないか(非参加的優先株式)を決める必要があります。
また、分配可能額がある場合に優先配当を行わない裁量を株式会社に認めるか否かも問題となります。この点、優先配当を行うことを義務付けることもできると考えられますが、実務上は多くの場合に分配可能額があっても優先配当をしない裁量を認める設計が多いようです。
もし規定通りの優先配当がなされなかった場合、翌年以降に未払いの配当が累積するものを累積的優先株式、累積しないものを非累積的優先株式といいます。また、未払いの累積配当を残余財産の分配額として加算するケースも少なくありません。
種類株式の内容を変更するための手続き
種類株式の内容変更に関する規定
種類株式の内容を変更するためには、定款を変更する必要があるので株主総会の特別決議が必要となります(会社法309条2項11号)。すべての株式を取得条項付株式(会社法107条1項3号)にするため又はある種類の株式に取得条項(会社法108条1項6号)を付すためには、会社法110条又は会社法111条1項により定款変更に総株主の同意が必要とされています。
また、ある種類の株式の内容として、株式の譲渡制限又は全部取得条項を付す場合には、会社法111条2項によりその株式の種類株主総会の決議及びその株式を対価とする定めがある取得請求権付株主・取得条項付株主の種類株主総会の決議が必要となります。種類株主総会の決議は、株式の譲渡制限を付す場合には特殊決議(会社法324条3項)、全部取得条項を付す場合には特別決議とされています(会社法324条2項1号)。
その他に会社法322条1項、324条2項4号により、種類株式の内容変更により他の種類株主に損害が生じるおそれがある場合は、損害が生じるおそれがある種類株主を構成員とする種類株主総会の特別決議が必要となります。例えば、取得請求権付株式に変更された場合、対価が高額であれば他の種類株主が損害を被るおそれがあるため、他の種類株主を構成員とする種類株主総会の特別決議が必要であると考えられます。
特定の種類株式の一部を変更することはできるか
この点については会社法の明文の規定はないものの、定款変更のための株主総会の特別決議に加えて、当該種類株主の全株主の同意が必要であると考えられます。例えば、配当優先株式の一部について、優先配当の金額を下げる場合には配当額を引き下げられる株主から個別の同意が必要なことはもちろんですが、配当額が引き下げられない株主は不利益を受けないように思われるもののそのような株主も含めて全株主の同意が必要であるようです。
また、他の種類株主が損害を被るおそれがあるときは、その種類株主の種類株主総会の決議も必要となるでしょう(会社法322条)。
定款で定めるべき種類株式の内容
定款で定めるべき要綱とは
会社法108条2項は、種類株式毎に定款で定めるべき内容を規定しています。もっとも、会社法は、会社法施行規則20条1項各号に掲げる事項以外は定款において要綱を定め、種類株式を初めて発行するときまでに株主総会・取締役会決議等で具体的な内容を定めることを認めています(会社法108条3項)。
定款で定めるべき要綱とは、種類株式の概要のことであり、株主総会・取締役会等が種類株式の内容を決定する上でどの程度の範囲で裁量を有するかを判断できるための参考となる事項を定めれば足りると考えられています。
例えば、剰余金の配当について、「1株につき100円を限度として発行に際して取締役会の決議で定める額」というように上限を定めることは要綱として認められると考えられます。
種類株式と単元株式制度
単元株式制度を採用する場合、種類株式毎に単元株式数を定める必要があります(会社法188条3項)。単元株式数は種類株式毎に変えることができるため、A種類株式の単元株式数を1とし、B種類株式の単元株式数を100としたような場合、A種類株式はB種類株式の100倍の議決権を有するのと実質的に同じになります。
会社法で規定されていない事項の定め
実務上は、ある種類株式について株式の併合・分割や、株主割当て・株式無償割当て・新株予約権無償割当てを行わない旨を定款で定めることがあります。このような事項は会社法で規定されていませんが、有効な定めであると考えられています。
また、上場会社のように株主総会の招集時間・コストをとくに考慮するべき場合は、種類株主総会の開催に関する定めを置くことも実務上は重要です。例えば、定時株主総会・種類株主総会を同日に開催できれば株主総会開催の手間を軽減することができます。このため、例えば、株主総会の定款規定を種類株主総会に準用し、定時株主総会と同時に開催される種類株主総会は基準日を同日とする定めを定款に置く等の工夫も考えられます。
種類株式で問題となる希釈化防止条項
種類株式を発行する場合、例えば、優先株式と普通株式が優先配当金額や取得請求権・取得条項の対価を巡って関連するため、ある種類株式の株式分割等が行われた場合に他の株主に悪影響を及ぼすことがあります。このような問題に対処するのが希釈化防止条項です。
希釈化防止条項が必要となる具体例
例えば、取得請求権付優先株式において取得の対価として普通株式1株を交付すると定められていたとします。仮に普通株式が1万円の価値があるとすれば、優先株主は取得請求権の行使により1万円の価値がある普通株式を入手できたはずです。しかし、普通株式について1株を2株とする株式分割が行われると、普通株式は1株当たり5000円の価値に希釈化します。そのため、取得請求権付優先株式において「取得の対価として普通株式1株を交付する」という定めのままであれば、普通株式の株式分割により優先株主が入手できるのは5000円の価値がある普通株式になってしまうのです。このような事態を防止するためには普通株式1株を2株とする株式分割が行われた場合、取得の対価を普通株式2株に増やす調整が必要であり、このような調整を果たすのが希釈化防止条項となります。
なお、普通株式の株式分割とともに取得請求権付優先株式の株式分割を行うことでは問題解決となりません。なぜなら、取得請求権付優先株式に1株当たり年100円の優先配当の定めがあったような場合、株式分割をすると優先株主が得るのは年200円の優先配当となってしまい普通株主に損害を与えるおそれがあるからです。
希釈化防止条項における留意点
希釈化防止条項は、普通株式1株を2株とする株式分割を行うような場合に、優先株式1株について取得の対価として普通株式2株を交付することとなる算式を定めておくものです。
次に問題となるのは、希釈化防止条項による調整はいつの時点で行うかです。この点については、株式分割の基準日(会社法183条2項1号)の翌日に調整の効力を発生すると定めることが多いようです。なぜなら基準日までに取得の対価として普通株式を交付されたときは、普通株主として株式分割の効果を受けることができるからです。なお、上場会社については東証のルールにより株式分割を行う場合には基準日の翌日を効力発生日とすることが原則とされています。
この他、株主割当て、株式の第三者割当、新株予約権の発行の場合、各行為ごとに、実際に払込みがなされるかは不明確であったり又は払込みを確認を必要としたりする、新株予約権が行使されない可能性もある等の点を考慮して具体的な希釈化防止条項を定めることになります。
上場会社において問題となる種類株式の取扱い
種類株式の公開買付け
発行会社による公開買付けの場合は上場株式のみが対象とされているため、普通株式のみを上場し優先株式を上場していないような場合は、優先株式は公開買付けの対象となりません。このような場合は種類株式についてミニ公開買付け(会社法157条~160条)を利用することが考えられます。
第三者による公開買付けについては、有価証券報告書の提出義務がある場合又はプロ向け市場で取引されている場合であれば、議決権株式を対価とする取得請求権・取得条項を内容とする種類株式、それらを対象とする新株予約権が公開買付けの対象となり得ます。
複数の種類株式がある場合、公開買付けの価格については実質的な均一性を確保するべきとされています。種類株式によってそれぞれの価値は異なるため、形式的な買付価格は基本的に異なることになります。
また、第三者による公開買付規制は株券等所有割合が3分の2以上になり得る場合は原則として全ての種類の株券を対象とするべき全部勧誘義務があるとされています(金商法27条の2第5項、金商法施工令8条5項3号)。他方で、判例によれば、上限を付して3分の2以上とならない公開買付けを行うのであれば、全部勧誘義務はないことから、優先株式を公開買付けの対象としないことができます(最高裁平成22年10月22日判決)。
大量保有報制度と種類株式
上場会社の株券等について株券等保有割合が5%を超えることになった場合は大量保有報告書を提出しなければなりません(金商法27条の23以下)。議決権株式を対価とする取得条項・取得請求権が付されていない完全無議決権株式や自己株式は対象外とされています。
一方で、株券等保有割合を計算する上での分母は発行済株式総数であるため、上記対象外株式も株券等保有割合を計算する上での分母に加算されることになるので注意が必要です。
- 2009年 京都大学法学部卒業
- 20011年 京都大学法科大学院修了
- 2011年 司法試験合格
- 2012年 森・濱田松本法律事務所入所
- 2016年 アイシア法律事務所設立
企業法務・顧問弁護士の無料相談実施中