M&Aが成立したあとで、簿外債務や粉飾決算、法令違反、重大なクレームなどが見つかることは珍しくありません。
その際に必ず問題となるのが、**「表明保証違反にあたるのか」「損害賠償や補償を請求できる/されるのか」**という点です。
本記事は、
- 中小企業オーナー、上場子会社の経営陣、スタートアップ経営者
- そしてM&A実務に関わる法務・管理部門・会計士・税理士の方
を主な読者として想定し、**「M&A 表明 保証 違反」**に関するトラブルの全体像と、基本的な対応・予防の考え方をまとめます。
- M&Aにおける表明保証違反・簿外債務トラブルの基本構造
- どのような事実が「表明保証違反」として問題になりやすいか
- 表明保証違反が疑われたときのチェックポイントと初動の考え方
- 損害賠償・補償条項・責任制限条項の関係と、紛争・予防の大まかな道筋
執筆者:弁護士 坂尾 陽(企業法務・M&A担当)
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表明保証違反・簿外債務トラブルとは何か【このページの位置づけ】
「表明保証(representations & warranties)」とは、売り手(または対象会社)が、対象会社や取引条件に関する一定の事実が真実かつ正確であることを表明し、その内容を保証する条項です。
M&A契約(株式譲渡契約書や事業譲渡契約書など)では、会社の存立・権限、財務諸表の適正性、簿外債務の不存在、法令遵守、重要契約の有効性、訴訟・紛争の不存在など、幅広い事項について表明保証が定められるのが一般的です。
表明保証違反とは、こうした表明保証の内容が実は真実ではなかった場合、すなわち**「虚偽だった」「重要な事実が隠れていた」**場合を指します。典型例としては、次のようなものが挙げられます。
- 財務諸表では健全に見えるが、簿外債務や偶発債務が多数存在していた
- 売上や利益が粉飾されており、実態よりも高い企業価値で取引してしまった
- 法令違反(環境・労務・許認可など)が長年放置されていた
- 重要な知的財産・ITシステムに重大な瑕疵や権利欠缺があった
ここでいう簿外債務とは、財務諸表に計上されていない債務や、連帯保証・未払税金・潜在的な環境対応コスト・従業員の未払残業代など、将来一定の条件が整うと顕在化する潜在債務を含む概念です。
こうした表明保証違反・簿外債務が発覚すると、
- 買い手は「高値で買わされた」「想定外のコストが発生した」として損害賠償や買収価格の調整を求め、
- 売り手は「そこまでの責任は負えない」「買い手も知っていたはずだ」と反論することが多く、激しい紛争に発展しがちです。
本ページは、次のような**「表明保証トラブル総論」**について解説します。
- 表明保証条項そのものの定義や典型的な条項例の詳細解説は、**「M&Aにおける表明保証条項とは何か【買い手・売り手の基本リスク】」**で掘り下げる
- 「違反が疑われた場合の具体的な調査・初動対応」は、**「表明保証違反が疑われるときのチェックポイントと初動対応」**で詳述する
- 「損害額の算定・補償条項・責任制限条項のドラフト」は、**「表明保証違反と損害賠償額・責任制限条項の実務」**に委ねる
そのうえで本記事では、**「なぜ表明保証違反・簿外債務がこれほど重大なM&Aトラブルになるのか」「どのような視点で全体を見ておくべきか」**を俯瞰的に押さえていきます。
表明保証条項の基本構造と典型トラブル(簿外債務・粉飾など)
M&A契約の表明保証条項は、多くの場合、次のようなブロックで構成されています。
- 対象会社の組織・権限(会社の有効成立、取引を行う権限があること 等)
- 株式・持分に関する事項(発行済株式数、譲渡制限の有無、担保権の不存在 等)
- 財務諸表の適正性・簿外債務の不存在
- 法令遵守・許認可(重大な違反がないこと、必要な許認可を有していること 等)
- 重要契約・取引先(継続困難となる重大な契約違反や解約事由がないこと 等)
- 訴訟・紛争の不存在
- 知的財産・IT・個人情報保護
- 環境・労務・税務・年金 など
このうち、簿外債務・粉飾・法令違反・税務・労務・環境・ITセキュリティなどは、発覚した場合のインパクトが大きく、M&A紛争の中心になりやすい分野です。
例えば、
- 対象会社が他社の債務を連帯保証していたのに開示していなかった
- 償却資産税の申告漏れが長年続いており、相当額の追徴課税が想定される
- 土壌汚染や環境規制違反が見落とされ、巨額の原状回復費用が必要になった
- 従業員の長時間労働・残業代不払いが常態化しており、過去分の一括支払いが必要になった
といった事例は、**「簿外債務・潜在債務」**として代表的です。
デューデリジェンス(DD)は「実態を調査するプロセス」、表明保証は「その時点の状態を契約上保証させる仕組み」として相互補完の関係にあります。DDで把握しきれないリスクを、表明保証+補償条項でどこまでカバーするかが実務上の設計ポイントになります。
また、日本法には「表明保証」自体を直接規定した条文はなく、実務上の慣行として発展してきた概念です。買主は、表明保証違反それ自体に基づいてではなく、補償条項や民法上の債務不履行責任(損害賠償請求)を通じて金銭的救済を図る構造になっている点も押さえておく必要があります。
表明保証条項の具体的な文言や項目例については、**「M&Aにおける表明保証条項とは何か【買い手・売り手の基本リスク】」**で詳しく整理する前提とし、本記事では「どのような類型がトラブルの火種になりやすいか」という観点にフォーカスします。
表明保証違反が疑われるときのチェックポイントと初動の考え方
M&A後に**「これは表明保証違反ではないか?」**と感じる事実が見つかったとき、感情的に相手方を責める前に、落ち着いて次のステップで整理することが重要です。
- 事実関係をできるだけ客観的に整理する
- 契約書の表明保証条項と補償条項を確認する
- 通知期限・時効・手続き条項を確認する
- 早期の段階でM&Aに明るい弁護士・専門家に相談する
まずは、**「いつ・誰から・どのような形で」**問題が発覚したのか、メール・議事録・契約書・会計資料などの客観的な証拠を集めます。感覚的な不満ではなく、具体的な事実として何が起きているのかを把握することが、後の交渉・裁判で決定的な意味を持ちます。
次に、M&A契約書の表明保証条項の文言を丁寧に読み込みます。例えば、以下の点は実務上よく争点になります。
- 「重要な(material)」「著しい(significant)」などの重要性基準が付いているか
- 売り手の「知る限り(to the best of the Seller’s knowledge)」といった限定条項が付いているか
- デューデリジェンスで問題となっている事実が開示されていたか
- 買い手が事前に認識していたリスクについて、請求を制限するアンチ・サンドバッギング条項などがあるか
同時に、**補償条項(インデムニティ条項)**も確認します。補償条項には、
- 「表明保証違反に起因または関連して生じた損害を補償する」
- 「相当因果関係のある範囲の損害に限る」
など、損害の範囲を定める典型的な文言が置かれることが多く、ここで請求できる損害の範囲が大きく変わります。
多くのM&A契約では、表明保証違反に基づく補償請求の通知期限(例:クロージング後●年以内)や、責任が存続する期間(サバイバル期間)が定められています。これを過ぎると請求ができなくなるリスクがあるため、「おかしい」と感じた段階で早めに契約書を確認し、必要に応じてクレーム通知だけでも発しておくことが重要です。
買い手側であれば、「違反の有無」「損害の内容と額」「契約上の根拠(どの条項に違反しているか)」の3点を軸に、**「どこまで請求し得るのか」を専門家と一緒に検討することになります。
売り手側であれば、「開示の有無」「買い手の認識状況」「責任制限条項との関係」などから、「どこまで応じざるを得ないか」**を冷静に評価することが重要です。
この部分のより具体的なチェックリストや初動対応フローは、別途
で詳しく解説する前提とし、本記事では総論としての方向性にとどめます。
表明保証違反と損害賠償・補償条項・責任制限条項の関係
日本法には、「表明保証違反に基づく損害賠償」という概念を直接規定する条文はありません。
実務では、
- 表明保証条項で事実関係を保証させ、
- それに違反した場合にどういう範囲の損害を補償するかを**補償条項(インデムニティ)**で定め、
- 必要に応じて民法上の債務不履行責任(損害賠償請求)や契約解除の一般規定と組み合わせる、
という形で、契約実務として金銭的救済の枠組みを作り込むのが通常です。
裁判例でも、表明保証違反が問題となったケースで、
- 株式譲渡価格の算定が純資産法を前提としていた場合、簿外債務や資産の過大計上などによる純資産額の減少分を損害と認定した事例
- 法令違反設備の是正費用や、簿外債務・潜在債務の顕在化による支出を損害と認定した事例
- DCF法に基づく評価減が、そのまま損害として認められなかった事例
などが報告されています。
損害の範囲については、補償条項で
- 「相当因果関係のある範囲の損害」
- 「表明保証違反に起因または関連して生じた損害」
といった文言が使われることが多く、前者より後者の方が広いと解釈され得ると指摘されています。
また、責任制限条項として、次のような仕組みが組み込まれるのが一般的です。
- 責任上限(キャップ):原則として買収対価の●%を上限とする など
- バスケット・ディミニマス:一定額以下の損害は請求対象外とし、累積で●円を超えた部分だけ請求できる など
- サバイバル期間:表明保証違反に基づく請求ができる期間を、一般事項でクロージング後●年、税務などで●〜●年とする など
- M&A契約をレビューするときは、「表明保証の内容」だけでなく、「補償条項・責任制限条項・紛争解決条項」まで一体として設計・チェックする必要があります。
- 損害額の算定方法やキャップ設定は、対価算定のロジック(純資産法・DCF法など)とも密接に関連するため、FAや会計士と連携して検討するのが望ましいといえます。
これらの具体的なドラフトの工夫や裁判例の読み解きは、別記事
で詳しく扱う予定です。
紛争化した場合の解決手段と予防策(DD・契約設計・R&W保険など)
表明保証違反・簿外債務トラブルは、
- 当事者同士の交渉や和解で解決するケース
- 補償請求の金額・範囲をめぐって訴訟や仲裁に発展するケース
のどちらも多く見られます。
契約書上は、次のような紛争解決条項がセットで定められるのが一般的です。
- 専属的合意管轄(どの裁判所で訴訟を起こすか)
- 仲裁合意(仲裁機関・仲裁地・準拠法 など)
- 準拠法条項(日本法か外国法か)
これらは、「実際に紛争になったときに、どこで・どのルールに従って解決するか」を左右する極めて重要な条項です。詳細は
- 「M&A紛争を裁判・仲裁・調停のどれで解決すべきか【メリット・デメリット】」
- 「M&A契約の紛争解決条項(専属的合意管轄・仲裁合意・準拠法)の押さえどころ」
で扱う前提とし、本記事では、表明保証トラブルと特に関係が深い予防策に重点を置きます。
予防の観点では、少なくとも次の3つが重要です。
- デューデリジェンスの重点化
– 財務だけでなく、税務・労務・環境・IT・コンプライアンスなど、簿外債務や潜在債務が出やすい領域に重点的にDDを行う。
– 売り手側も「問題がありそうな点」を把握したうえで、どこまで開示・ディスクローズするか、方針を整理しておく。 - 表明保証・補償条項・責任制限条項のバランス設計
– 「どこまでリスクを売り手が負担し、どこから先は買い手のビジネス判断として割り切るか」を、対価やその他条件とのバランスで決める。
– アンチ・サンドバッギング条項や、サバイバル期間・キャップ・バスケットなどの責任制限をどう設定するかを、案件特性に応じて検討する。 - 表明保証保険(R&W保険)の活用検討
– 大型案件や売り手がファンドなどの場合、表明保証保険を活用することで、売り手の責任を限定しつつ、買い手の保護を確保するスキームも広がりつつあります。
– ただし、保険でカバーされないリスクや、保険料・免責額とのバランスもあるため、「万能な解決策」ではなく、他の手段と組み合わせて検討する必要があります。
表明保証違反・簿外債務トラブルは、**事後対応でも戦い方の選択肢はありますが、最も効果的なのは「事前に契約とリスクの設計をしておくこと」**です。M&Aを検討する段階から、表明保証条項や補償条項を意識して弁護士に相談しておくと、後で「想定外の争い」に巻き込まれるリスクを大きく減らせます。
まとめ【要点の再確認】
- 表明保証違反・簿外債務トラブルは、M&A後に簿外債務・粉飾・法令違反などが発覚し、買収価格や追加コストをめぐって対立する代表的なM&A紛争類型です。
- 日本法には表明保証違反を直接規定する条文はなく、表明保証条項+補償条項+民法上の損害賠償責任を組み合わせて金銭的救済の枠組みが構築されています。
- 実務では、純資産の減少分・是正費用・簿外債務の支出などが損害として認定された裁判例がある一方、DCF評価減などがそのまま損害と認められなかった例もあり、契約条項と事案の内容次第で結果が大きく変わります。
- 表明保証違反が疑われる場合、事実整理 → 契約書(表明保証・補償・責任制限)の確認 → 通知期限の確認 → 専門家への相談という初動をできるだけ早期に行うことが重要です。
- 予防の観点では、DDの重点化、表明保証・補償条項・責任制限条項のバランスの取れた設計、必要に応じた表明保証保険の活用などを通じて、「どこまで誰がリスクを負うか」を事前に整理しておくことが、M&Aトラブルを減らす近道です。
表明保証違反・簿外債務トラブルは、案件規模やスキーム、業種、当事者の交渉力によって最適な対応が大きく異なります。
ここで述べた内容はあくまで一般的な考え方であり、個別案件では早い段階でM&Aに詳しい弁護士や専門家に相談することをおすすめします。
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