(自己の商号の使用を他人に許諾した会社の責任)
第九条 自己の商号を使用して事業又は営業を行うことを他人に許諾した会社は、当該会社が当該事業を行うものと誤認して当該他人と取引をした者に対し、当該他人と連帯して、当該取引によって生じた債務を弁済する責任を負う
会社法9条はいわゆる名板貸しに関する規定であり、会社が他人に対して自己の商号を使用することを許諾した場合、会社は当該他人と取引した者に対して責任を負う場合があります。
商号使用を黙示的に許諾した場合
商号使用の許諾は、直接明示した場合に限られず黙示的な許諾でも良いと解されています(最高裁昭和33年2月21日判決等)。
黙示の使用許諾は、会社と被許諾者との従前の関係、会社が被許諾者に対して場所を提供していたか、被許諾者の事業形態等を考慮して判断されます。とくに、会社が元取締役や従業員に対して、営業場所を提供している又は同一の備品や器具等を使用させていたような場合には黙示の使用許諾が認められる可能性が高いと言えるでしょう。
最高裁昭和42年2月9日判決
それまで業務のほとんどを任せていた元従業員に対し、建物工具等の一切を貸与し、元の営業を廃止したことを広告や取引先等に対して周知徹底させtなかった状況において、名板貸人名義の偽造手形が振り出されたことによる責任を認めました。
東京地裁平成5年1月27日判決
寿司チェーンを経営する株式会社が、元店長が経営する委託店舗において他チェーン店と同様の屋号を使用させていた場合において、従業員は本店と同一の屋号入りの制服を着用し、店舗では商号入りの領収書やマッチ箱を流用していた事案において、裁判所は商号使用を黙示的に許諾したと判断しています。
但し、会社が事業を行ったと誤認したことに重大な過失があったとして、結論としては会社の責任を否定しています。
手形行為等のように営業外で名義使用をした場合
判例によれば、営業で使用するために名義の使用許諾がされたものの、実際には営業外の手形行為についてのみ名義を使用したような事案においても、会社法9条の類推適用により名板貸人の責任を認めるものと解されています(最高裁昭和55年7月15日判決)。
商号の使用許諾がない場合における類推適用について
会社法9条の趣旨は、名板貸しによって、被許諾者と名板貸人が同一であることを誤認した第三者を保護することにあり、名板貸人が責任を負う根拠としてそのような誤認を生じさせる外観を作出したことが挙げられます。そのため、判例は、必ずしも商号の使用許諾がなされたり又は商号がしようされたりといった場合のみならず、営業主体を誤認させるような外観を作出したと言えるような場合には会社法9条の類推適用を認めています。
例えば、最高裁平成7年11月30日判決の事案においては、商業の使用について明示・黙示の許諾はなく、かつ実際に商号の使用もなされていませんでした。しかし、スーパーマーケット内のテナント店として営業を行っていたペットショップに対する損害賠償責任について、スーパーマーケットに名板貸人と同様の責任を認めています。これはペットショップの店舗外部にスーパーマーケットの商標を表示した大きな看板が掲げられていた点や、店舗内部では屋上案内板・制服・レジ方式等でテナント店と直営店が完全に区分けされておらず、一般の買い物客がペットショップの営業主体がスーパーマーケットであると誤認するのもやむを得ないということを考慮し、商法23条(会社法改正前の会社法9条に相当する条文)の類推適用を認めたものです。
会社法9条によって保護されない第三者
会社法9条は名板貸人が真の営業主体と誤認した第三者を保護する規定ですが、判例によれば、第三者が保護されるためには誤認したことを知らなかった又は重大な過失がなかったことが要件とされています(最高裁昭和41年1月27日判決)。
取引によって生じた債務
会社法9条によって責任を負うべき債務は、取引によって生じたものに限られます。もっとも、取引によって生じた債務は直接取引によって生じたものに限られず、以下のようなものも含まれます。
- 債務不履行による損害賠償債務
- 契約解除に基づく原状回復義務
- 手付金返還債務
- 営業に関する手形債務
他方で、会社法9条の趣旨は名板貸人が真実の営業主であるという外観を信じて取引を行った第三者を保護することにあります。そのため、交通事故等のように不法行為に基づく損害賠償債務等は、取引によって生じた債務ではないため会社法9条が適用されることはありません。もっとも、不法行為であっても、取込詐欺のような取引行為の外形を持つ不法行為による債務については会社法9条の適用対象となります(最高裁昭和58年1月25日判決)。