
反対株主の株式買取請求権とは
反対株主の株式買取請求権は、会社が一定の行為をする場合において、(i)会社は当該行為の効力発生日の20日前までに株主に通知又は公告を行い、(ii)会社の当該行為に反対する株主は効力発生日の20日前から効力発生日の前日までに株式買取請求を行うことによって、(iii)株式会社に対して保有株式を公正な価格で買い取らせることができる制度です。
株式買取請求権は、株主に一定の不利益が生じる場合に投下資本を回収するための制度です。会社法116条は、株式の内容を変更して譲渡制限や全部取得条項に関する定めを設ける場合、特定の種類株主に損害を及ぼすおそれのある行為が行われるときに種類株主総会決議が省略される場合(会社法322条2項)等に株式買取請求権を認めた規定です。
なお、株式買取請求権は、事業譲渡・組織再編に関して会社法469条、785条、797条、806条、816条の6において個別に定められています。このような事業譲渡・組織再編の場合の株式買取請求権の解釈も参考になるところです。
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平成26年会社法改正と株式買取請求権
株式買取請求権に関する平成26年会社法改正による主な変更点は、株式買取請求権の撤回制限の徹底と効力発生時期の変更です。
株式買取請求権の撤回制限の徹底
平成26年会社法改正により、会社法116条6項・9項及び社債株式振替法が改正され、株式買取請求権の撤回制限が徹底されることになりました。会社法改正前は株式買取請求権を行使したにもかかわらず株式を第三者に譲渡できたため、会社の承諾がなくても株式買取請求権を撤回したのと同じことになっていたのを防止するためです。
上場会社の株式については、社債株式振替法155条が新設され、株式買取請求権の行使をするときに買取口座を振替先とする振替申請を行わなければならないことになりました。このため、株式買取請求権を行使した場合、株式会社の承諾を得て買取請求を撤回しないと、第三者に株式を売却することはできなくなりました。
非上場会社のうち株券発行会社は、会社法116条6項により、株式買取請求権の行使時に株券を会社に提出することになったため、株式買取請求権を行使した場合は株券が手元にないため株式を第三者に譲渡することはできません(会社法128条1項)。
非上場会社のうち株券不発行会社については、会社法116条9項により、株式取得者からの名義書換請求を定めた133条が適用されないことが明確になり、株式買取請求権が行使されていることを理由に名義書換えを拒絶できることになりました。
株式買取請求権の効力発生時期の変更
平成26年会社法改正により、会社法117条5項により株式会社による買取代金の仮払いが認められたほか、会社法117条6項により株式買取りの効力が代金支払時ではなく効力発生日に変更されることになりました。
買取代金の仮払いが認められた趣旨は、株式買取請求権の代金が支払われるまで利息が生じることに着目し、利息を受け取ることを目的として濫用的に株式買取請求権が行使されるおそれがあったことから、会社が利息の支払いを回避できるようにしたものです。つまり、会社法117条5項により、株式会社は公正な価格と認める金額の弁済の提供を行い、この受領が拒絶された場合には供託を行うことで、供託後は供託金額についての利息を支払うことを回避できます。
また、株式買取りは効力発生日に効力が生じることになったため、効力発生日後は剰余金の配当を受領することや議決権を行使することができなくなりました。改正前は買取代金の支払いまでは株主であるため剰余金の配当を受領することができ、株式の買取代金と重預金の配当という両立しない権利をいわば二重取りできたためこのような事態を解消したものです。
株式買取請求権を行使できる株主
反対株主とは
株式買取請求権を行使できるのは「反対株主」(会社法116条2項)です。そして、反対株主とは、(i)株主総会に先立って反対する旨を通知し、かつ株主総会において反対した株主、(ii)株主総会において議決権を行使できない株主、(iii)株主総会決議が不要な場合は全ての株主となります。
したがって、議決権制限株式については、そもそも株主総会決議で反対の議決権行使をすることはできませんが、株式買取請求権は行使することができることとされています。
基準日後の株主
株主総会に基準日が設定された場合、基準日後の株主は議決権を行使することができません。そして、会社法116条2項1号ロの文言は、議決権を行使できない理由について何ら限定がされていないことから、基準日後に株主となった者でも株式買取請求権の行使を認める見解が有力だと思われます(江頭憲治郎「株式会社法(第7版)」845頁)。
もっとも、株主総会によって株式買取請求権の対象である行為がなされることが確定した場合、それ以後に株式を取得した株主は当該行為を前提に株式を取得したはずであるため保護に値しません。そのため、株式買取請求権を行使するためには、株主総会までに株主名簿に記載・記録されることが必要であると考えられています。
なお、裁判例においても、基準日前の株主であっても名義書換を怠って株主名簿上の株主でなかった者は反対株主に該当しないと判断した裁判例があるので注意が必要です(東京地裁平成21年10月19日決定)。
公表後の株主
株式買取請求権の対象となる行為が公表された場合、株主はその行為が行われることを知って株式を取得しているため、反対株主の株式買取請求権による保護を与える必要がないとも思えます。しかし、裁判例においては公表後の株主についても買取請求権の行使が認められています(東京高裁平成21年7月17日決定)。
むしろ、株式買取請求権の行使を認めた上で、株式買取請求権の対象となる行為を認識していたことが買取価格の決定にあたって考慮されるか否かが裁判例等では分かれているようです。
この点について、東京地裁平成21年3月31日判決は、行為の認識の有無により買取価格に差が生じ得ることを示唆していると思われます。
しかし、ある行為を企業が公表したとしても基準日時点では株主がその計画を把握できない場合があること、計画が公表されても株主総会決議が成立しない可能性もあることもあります。そうすると、公表後の株主であっても、価格操作を目的とする不正な手段等により株価が影響されたと認められる特段の事情のない限り、市場価格を算定の基礎として株式買取請求権の行使を認めるのが合理的なように思われます(東京高裁平成21年7月17日決定も同旨)。
株式買取請求の手続
会社による通知又は公告
株式買取請求権の対象となる行為を行う場合、会社としては効力発生日の20日前までに当該株主に対して通知するか、又は公告をする必要があります。
組織再編行為の場合は株主総会決議を経る等の場合に通知に代えて公告が認められていますが、会社法116条においては株主総会を経ない場合があるにもかかわらず常に通知に代えて公告が認められているので注意が必要です。
なお、株主総会の招集通知に必要事項が記載されていれば、株式買取請求の手続における通知に代えることができると解されています。従って、株主総会の招集通知を法定期限より早期に行うことができれば、招集通知のみとすること実務的な対応のように思われます。
招集通知における記載の程度
旧商法下で営業譲渡を行った事案について、株主総会の招集通知に議案の要領が記載されていなかった場合は株主総会決議の取消事由となり、かつ裁量棄却も認められないと判断した判例があります(最高裁平成7年3月9日判決)。この事案では、営業譲渡の対価等の内容はまだ確定しておらず、営業譲渡対象部門の資産、負債等の内容が記載された営業報告書が招集通知に同封されていた事案でした。しかし、判例はこの程度の記載は「議案の要領」として不十分だと判断しているのであり、「議案の要領」をどの程度記載するべきかについて慎重な判断が必要だと思われます。
株式買取請求権の行使方法
株式買取請求権を行使しようとする場合、株主総会決議で議決権行使ができる株主は、株主総会に先立って反対する旨を会社に通知する必要があります(事前の通知)。さらに、反対株主は効力発生日の20日前から効力発生日の前日までに、株式買取請求を行う株式数を明らかにして株式買取請求を行う必要があります(株式買取請求権の行使)。
事前の通知、及び株式買取請求権の行使方法に関して、会社法上はとくに規定がないことから、書面・口頭のいずれでも良いと解されます。議決権行使書面・電子投票や委任状が事前の通知に該当するかについて、議決権行使書面・電子投票は事前の通知及び株主総会における反対の議決権行使になりますが、反対の意思を表示した委任状は事前の通知に該当しないとする見解も少なくないため注意が必要です。
なお、株式買取請求権の行使は少数株主権等の行使にあたり(社債株式振替法147条4項)、振替株式を発行している会社の場合は個別株主通知の申出をした上で通知後4週間以内に株式買取請求権を行使しなければなりません(社債株式振替法154条2項、3項、社債株式振替法施工令40条)。判例上、個別株主通知は会社に対する対抗要件であるとされており、会社が、申立人が株主であることについて争った場合には価格決定の申立ての審理終結時までに個別株主通知を行わなければならないとされています(最高裁平成22年12月7日決定)。さらに、判例は、申立人が株主であることを争われた時点において会社が上場廃止となり振替機関の取扱いが廃止された場合、審理終結時までに個別株主通知ができないため価格決定の申立ては不適法となり却下されると判断しているので注意が必要です(最高裁平成24年3月28日決定)。
「公正な価格」の意義と算定方法
株式買取請求権を行使した場合、会社は当該株式を「公正な価格」で買い取る必要があります。しかし、「公正な価格」は一義的に決まるものではありません。そのため、「公正な価格」とは何かを巡って様々な議論がなされています。
「公正な価格」の考え方
「公正な価格」は、会社法116条における譲渡制限・全部取得条項を付す定款変更を行う場合と合併等の組織再編行為を行う場合のいずれについても同一の文言が使われています。
会社法制定前は「決議ナカリセバ其ノ有スベカリシ公正ナル価格」とされていました。しかし、合併等をすることは企業価値を向上させるため賛成であるものの、合併等の対価に満足できない場合、決議がなかった場合、つまり合併等がなかった場合の価格では株式買取請求権を行使する目的を十分に果たせません。会社法改正により「公正な価格」という文言が使われたのは、合併等による企業価値の向上を反映した公正な価格で株式の買取りを求めることができるようにしたものです。
他方で、合併等の組織再編行為を行うのではなく、会社法116条に定める譲渡制限・全部取得条項を付す定款変更を行う場合は企業価値の増加はありません。そのため、この場合における「公正な価格」とは、会社法改正前と同様に譲渡制限・全部取得条項を付す定款変更の決議がなかったら有していただろう公正な価格をいうと考えられます。
つまり、「公正な価格」と同一の文言が使われていながらも、会社法116条の譲渡制限・全部取得条項を付す定款変更等の場合については決議がなかった場合の価格、合併等の組織再編行為については合併等による企業価値の向上を反映した価格(ただし、組織再編行為による企業価値の向上が見込めない場合は決議がなかった場合の価格)という異なる考え方になるので注意が必要です。
「公正な価格」の算定基準時
どの時点において「公正な価格」を判断するかは裁判例等においても見解が分かれているようです。算定基準時として考えられるのは、株主総会の決議時点、株式買取請求権の行使時点、株式買い取り請求権の行使期間の満了時点、株式買取請求権の対象となる行為の効力発生時点等があります。
この点に関して、最高裁は、吸収合併等にもかかわらずシナジーその他の企業価値が増加しないと判断された事案において、「公正な価格」は原則として株式買取請求がなされた日を算定基準時として判断するとしています(最高裁平成23年4月19日決定)。
したがって、会社法116条の譲渡制限・全部取得条項を付す定款変更等の場合や合併等の組織再編行為でもシナジー等が見込めない場合のように、株式買取請求権の対象となる行為による企業価値の向上がない場合には株式買取請求がなされた日が算定の基準となると考えられます。
上場会社における「公正な価格」の算定方法
上場会社の株式には市場価格が存在するため、基本的には市場価格を前提として、どの時点や期間の市場価格をもって公正な価格とするかが問題となります。この点に関して、判例は裁判所の合理的裁量を重視し、株式買取請求権が行使された日の終値を「公正な価格」と判断しています(最高裁平成23年4月19日決定)。
もっとも、判例はどの市場価格を用いるべきかについて基準を提示しているわけではなく、株式買取請求がなされた日の市場価格や、近接する一定期間の市場価格の平均価格を用いることも裁判所の合理的な裁量の範囲内であるとしています。
したがって、具体的な事案に応じて裁判所が諸々の事情を考慮してどの時点、どの期間の市場価格を採用するかを裁量で決定できることになると思われます。
非上場会社における「公正な価格」の算定方法
非上場会社の株式には市場価格がないため、「公正な価格」を評価することはかなり難しいです。裁判所が非上場会社の株式価格を決定する場合は、会社法116条に定める行為や組織再編行為がなされたため株式買取請求権が行使された場合と、株式の譲渡が承認されなかった場合に株式会社・指定買取人が株式を買い取る場合(会社法144条参照)があります。
会社法144条3項は株式の売買価格について「株式会社の資産状態その他一切の事情を考慮しなければならない」と定めるのみで、株式買取請求権のように「公正な価格」の文言を使っていません。文言は異なるものの市場価格のない株式の価値を決定するという点で両者は共通するため、非上場会社における公正な価格の算定方法を考える場合には会社法144条による譲渡制限株式の売買価格決定の申立てについての裁判例も参考になるところです。
具体的には、裁判所はDCF方式、収益還元方式、配当還元方式、純資産方式、類似業種比準方式、取引事例法等の様々な手法があることを踏まえた上で、それぞれの算定方式を一定割合で折衷した金額を株式の価格とすることが多いようです。
当事務所による独自の分析では、近年においてはDCF方式・収益還元方式又は配当還元方式をベースとし、これに純資産方式により算定された価格を考慮して株式の価格が決定されることが多いです。一般的には、DCF方式・収益還元方式や純資産方式が採用された場合の株式価格は高く算定され、配当還元方式が採用された場合の株式価格は低く算定される傾向があります。そして、どの算定方式が採用されるかにおいて、保有する株式の割合や会社運営への関与に照らして会社の経営側だったのか、単なる少数株主に留まるのかがポイントになるようです。会社の経営側だと判断された場合にはDCF方式・収益還元方式が採用されやすく、単なる少数株主に留まると判断された場合には配当還元方式が採用されやすい傾向にあるようです。
株式買取請求権の行使と法規制の問題
株式買取請求権が行使されると会社が自己株式を取得することになるため、自己株式の取得に関する法規制に違反しないかが問題となり得ます。この点について、株式買取請求権が行使された場合、株式会社は自己株式の取得を強制されることになること考慮されてか調整が図られています。
まず、財源規制との関係においては、株式買取請求権が行使された場合には自己株式取得の分配可能額による制限は受けないとされています(会社法461条1項参照)。もっとも、会社法116条に規定する場合や株式併合の場合においては、株式買取請求権の行使によって株主に支払われた金額が分配可能額を超えるときは取締役・執行役は責任を追及される可能性があるので注意が必要です(会社法464条1項)。また、株式買取請求権の行使により債務超過になるような場合は株式買取請求権の対象となる行為を中止するべきと考えられています。
次に、公開買付規制との関係においては、公開買付規制は株主との合意による取得に関する会社法156条1項等の規定による買付け等が対象とされています。そのため、会社法116条1項による自己株式の取得について公開買付規制の適用はないと考えられます。
さらに、インサイダー取引規制の関係においては、金融商品取引法166条6項3号、167条5項3号により、株式買取請求権の行使による株式取得はインサイダー取引規制の適用除外とされています。
株式買取価格の決定方法(会社法117条)
株式買取請求権を行使した後の価格決定までの流れ
株式買取請求権が行使された場合、まずは株主と株式会社の間で価格の決定について協議を行うことになります。この協議が調ったときは、株式会社は効力発生日から60日以内に支払いをしなければなりません。
他方で、現実的には価格の決定について株主と会社の間で見解が相違し、協議によっては価格を決定することが難しいケースの方が多いと思われます。効力発生日から30日以内に協議が調わないときは、その期間満了後30日以内に株主又は会社が裁判所に対して価格決定の申立てを行うことができます。従って、最終的には裁判所が「公正な価格」とは何かを決定することになります。
株式買取請求権を行使した場合と株式の譲渡が承認されなかった場合の違い
なお、効力発生日から60日以内に価格決定の申立てがなされなかったときは、反対株主は株式買取請求を撤回することができるとされています(会社法117条3項)。この点は、株式の譲渡が承認されなかった場合の売買価格決定において、申立てがなかったときは純資産価額を売買価格とするとされていることと相違があります(会社法144条5項)。株式買取請求権を行使する場合、価格決定の申立てを行わないと、反対株主は、(i)会社と協議を行うか又は(ii)株式買取請求権を撤回することしか選択できない不利な立場になるため注意が必要です。
手続費用の負担について
裁判所において株式の価格を決定する場合、実務上は鑑定を利用することが少なくありません。株式価格の算定は高度の専門性が必要となる業務であるため、鑑定費用は数百万円単位といった高額になることも珍しくありません。そのため、鑑定費用を含む手続費用を誰が負担するかが問題になります。
この点について、鑑定費用を含む手続費用は、特別の定めがない限り、各自負担とされていますが(非訟事件手続法26条1項)、裁判所は特別な事情があるときは費用の全部又は一部の負担を命じることができるとされています(同条2項)。裁判例においては、東京地裁平成20年3月14日決定は、当事者が主張する価格と裁判所が決定した価格の差額に応じて鑑定費用を分担させています。このように主張する株価と決定された株価の差額・乖離の度合いに応じて手続費用を分担させることも実務上は少なくないようです。
- 2009年 京都大学法学部卒業
- 20011年 京都大学法科大学院修了
- 2011年 司法試験合格
- 2012年 森・濱田松本法律事務所入所
- 2016年 アイシア法律事務所設立
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