事業譲渡・会社分割・事業承継M&Aのトラブルまとめ【事業譲渡トラブルを徹底解説】

M&Aで事業の一部だけを切り出したいとき、よく使われるのが「事業譲渡」や「会社分割」です。また、中小企業の「事業承継M&A」でも事業譲渡・会社分割は使われます。
ところが、スキームの選び方や契約の詰めが甘いと、後から事業譲渡トラブルや会社分割トラブルが顕在化し、思わぬ損失や紛争に発展しかねません。

この記事では、

  • 事業譲渡・会社分割・事業承継M&Aで起こりやすいトラブルの典型パターン
  • 誰がどこまで責任を負うことになるのかという法的な枠組み
  • トラブルが生じたときの初動対応と、訴訟・仲裁などの解決手段
  • 事前に押さえておきたい予防策・実務上のチェックポイント

を一通り押さえられるように整理します。

同じ「M&Aの失敗」でも、株式譲渡と事業譲渡・会社分割では、責任の付き方や巻き込まれる関係者が大きく変わります。スキームごとのリスク像を早めに把握しておくことが、致命的な紛争を避ける近道です。

坂尾陽弁護士

株式譲渡に比べてた場合の事業譲渡・会社分割特有のトラブルを解説します!

事業譲渡・会社分割・事業承継M&Aの基本とリスクの全体像

まずは、この記事で扱う3つの用語・スキームのごく簡単な整理から始めます。

  • 事業譲渡
    会社の事業の全部または一部を、個々の資産・負債・契約ごとに選びながら譲渡する取引。権利義務は基本的に個別承継(特定承継)で、労働契約を含めて、相手方や従業員の同意が必要になるのが原則です。
  • 会社分割
    対象事業に関する資産・負債・契約などを、会社法に基づく手続によって包括的に承継会社へ移すスキーム。契約相手や従業員の個別同意は原則不要な一方、債権者保護手続や労働契約承継法に従う必要があります。
  • 事業承継M&A
    オーナー経営者の高齢化などを背景に、後継者不足の会社を第三者や親族へ譲る取引の総称で、実務上は株式譲渡・事業譲渡・会社分割などが組み合わされます。
MEMO:株式譲渡との違い

株式譲渡では、会社そのものはそのまま存続し、株主だけが入れ替わります。
一方、事業譲渡・会社分割では、どの資産・負債・契約・従業員をどの会社に持たせるかという「事業の切り分け」がテーマとなり、ここでの設計ミスが後のトラブルの温床になりがちです。

紛争・トラブルという観点から見ると、

  • 「どの債務を誰が負うのか」
  • 「どの従業員・契約・許認可がどの会社に残る/移るのか」
  • 「取引先・金融機関・従業員に対する説明と同意は十分だったか」

といったポイントが、それぞれのスキームで違う形で問題化します。

次では、とくに検索ニーズの高い事業譲渡トラブルを軸にしつつ、会社分割や事業承継M&Aに共通する責任の枠組みを順に見ていきます。

事業譲渡トラブルの典型パターンと法的責任

「事業譲渡 失敗」「事業譲渡 紛争」という言葉が示すとおり、事業譲渡はスキームの自由度が高い反面、設計を誤ると様々なトラブルが起きやすい手法です。

代表的な事業譲渡トラブルのパターンを整理すると、次のようになります。

  • 債権債務の承継漏れ・勘違い
    → 買い手は「この支店に関する債務はすべて承継した」と考えていたが、契約書上は一部の債務が売り手に残っており、後から債権者とトラブルになるケース。
  • 商号(屋号)を引き継いだことによる旧債務の請求
    → 譲受会社が譲渡会社と同じ商号を引き続き使用した結果、旧債権者から「過去の売掛金・預り金も支払うべきだ」と請求されるケース(会社法22条1項の問題)。
  • 従業員の転籍を巡る紛争・未払い残業代の請求
    → 転籍手続や説明が不十分なまま事業譲渡を進めた結果、従業員が転籍を拒否したり、過去の未払い残業代・退職金について、どちらの会社が負担するのか争いになるケース。
  • 許認可・重要契約の移転漏れ
    → 行政許認可や主要取引先の契約が譲受会社に切り替わっておらず、営業ができなくなったり、元の契約相手から契約違反を主張されるケース。

事業譲渡は特定承継であるため、「どの権利義務を誰に移すか」を契約書で正確に書き分ける必要があります。
しかし、現場の感覚では「この事業にまつわるものは全部そちらへ」というイメージで進んでしまいがちで、後から「その債務は譲り受けていない」「いや、当然含まれているはずだ」といった解釈のぶつかり合いが起きます。

とくに注意が必要なのが、次の2点です。

1つ目は、商号(屋号)の引継ぎです。
日本の会社法上、事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合、原則として譲受会社も、譲渡会社の事業によって生じた債務について弁済する責任を負うとされています(一定の場合には責任を限定する手当ても可能)。
買い手側は「承継した債務しか払わないつもりだった」のに、商号の選択如何で想定外の責任を負うおそれがある点は、必ず検討しておくべきポイントです。

2つ目は、従業員の取り扱いです。
事業譲渡では、労働契約の承継にも従業員本人の同意が必要であり、どの従業員をどの条件で引き継ぐのか、転籍・再雇用・退職のいずれにするのかを慎重に設計する必要があります。
事業譲渡後に、引き継いだ従業員から「過去の未払い残業代」や「退職金の不足」について請求される紛争も典型的に見られるため、労務デューデリジェンスと表明保証・補償条項の設計は欠かせません。

こうした個別論点を深掘りした事例解説は、クラスター内の個別記事で扱う予定です。

もあわせて参照すると、より具体的なイメージが持てるはずです。

会社分割で問題になりやすい債務承継・債権者保護の論点

会社分割は、対象事業に関する権利義務を包括的に承継会社へ移すスキームであり、契約・債務・従業員が、分割契約の定めに従って一括して移転します。

多数の契約相手や従業員が存在するカーブアウト取引では、「個別に同意を取りに行かなくてよい」という実務上のメリットから、事業譲渡ではなく会社分割が選ばれる場面も少なくありません。

もっとも、その代わりに、次のような法律上の仕組みが置かれています。

  • 債権者保護手続(公告・個別催告と異議申立て)
    → 分割により債務の義務者が変わることで不利益を受ける可能性のある債権者に対し、会社は一定の手続で異議を述べる機会を与える必要があります。手続を怠った場合、後日、分割の効力や責任関係を巡って争われるリスクがあります。
  • 労働契約承継法による従業員保護
    → 会社分割に伴う労働契約の承継については、労働契約承継法が適用され、事前の情報開示・説明や、従業員による異議申立ての機会付与が義務付けられています。適切なプロセスを踏まずに労働者を一方的に承継・不承継と扱うと、後日、無効主張や損害賠償請求に発展するおそれがあります。

会社分割にまつわる会社分割トラブルでは、

  • 「あの債務は承継されていないはずだ」「いや、包括承継だから承継されている」
  • 「債権者として異議を述べる機会が与えられていない」
  • 「労働契約承継法上の手続を踏んでおらず、解雇・配置転換が無効だ」

といった争点が生じることが多く、場合によっては、債権者側から「濫用的会社分割」として分割の無効・責任追及が図られることもあります。

こうした論点を正面から扱う個別記事として、

を別途立て、条文構造や裁判例の考え方を詳しく整理していく予定です。

事業承継M&A特有のトラブル(オーナー・従業員・取引先)

中小企業の「事業承継M&A」では、スキームそのものよりも、人に紐づくトラブルが大きなテーマになります。典型的には、次のようなパターンです。

  • オーナー経営者が退任後も経営に口を出し、新旧経営陣の対立が生じる
  • 親族株主・後継者候補との間で、株式や役職を巡る感情的な紛争が起きる
  • キーパーソンとなる従業員が、統合後の処遇に不満を持って退職し、取引先が一斉に離れてしまう
  • 事業譲渡・会社分割のスキームを用いた結果、経営者保証や個人の連帯保証の扱いが曖昧になり、後日、金融機関との間でトラブルになる

事業承継M&Aでは、事業譲渡・会社分割に共通する法的論点に加え、

  • 経営者個人の保証・担保の解消
  • 親族間や創業メンバーとの合意形成
  • 従業員への情報提供と処遇調整(賃金・勤務地・役職など)

といった要素が複雑に絡みます。

より踏み込んだ解説は、

で詳しく扱う想定です。ここでは、「事業承継M&Aトラブルは、スキーム論だけでなく、人の問題とセットで考えるべきだ」という視点を押さえておいてください。

トラブル発生時の対応ステップと紛争解決手段

すでに事業譲渡トラブルや会社分割トラブルが表面化している場合、「今さら契約書を読み直しても遅いのでは…」と感じるかもしれません。
しかし、実務的には、ここからの初動対応次第で、損失やレピュテーションへの影響が大きく変わります。

基本的な対応ステップは、次のように整理できます。

  • ① 事実関係と関係資料の整理
    → どのスキームで、どの資産・負債・契約・従業員をどの会社に承継させたのか。経営陣・担当者からのヒアリングと、契約書・議事録・社内メール等の確認を優先します。
  • ② 契約書と会社法・労働法上の枠組みの再確認
    → 事業譲渡契約書・会社分割契約書・労働契約承継法関連資料などを前提に、「誰がどの範囲の責任を負う可能性があるか」を洗い出します。
  • ③ 相手方(債権者・従業員・取引先・金融機関など)との交渉方針の決定
    → どこまで争うのか/どこで落とし所を探るのか、事業継続とレピュテーションも踏まえて検討します。
  • ④ 紛争解決手段(訴訟・仲裁・調停等)の選択
    → 契約書に定められた専属的合意管轄・仲裁合意を確認し、必要に応じて裁判所・仲裁機関への申立てを検討します。
注意:独断での対応はリスクが高い

事業譲渡・会社分割トラブルでは、1つの対応が他の債権者・従業員・株主との関係に波及することが多く、「とりあえず個別に謝って支払ってしまう」対応が、かえって責任を拡大させる結果につながることもあります。
紛争の規模が見込まれる場合は、早期に専門家を交えて全体設計を行うことが重要です。

紛争解決手段のメリット・デメリット(裁判・仲裁・調停の違いなど)については、

  • M&A紛争を裁判・仲裁・調停のどれで解決すべきか【メリット・デメリット】

で別途詳しく扱う予定です。

まとめ:事業譲渡・会社分割トラブルを防ぐチェックポイント

最後に、本記事のポイントと、実務上のチェックポイントを整理します。

  • 事業譲渡・会社分割・事業承継M&Aは、株式譲渡とは異なり「どの資産・負債・契約・従業員をどの会社に持たせるか」が核心であり、ここでの設計ミスがトラブルの温床になる。
  • 事業譲渡では、特定承継を前提に、商号の引継ぎ・債権債務の範囲・従業員の転籍や未払い残業代・退職金などが典型的なトラブル要因になる。
  • 会社分割では、包括承継であることを踏まえつつ、債権者保護手続や労働契約承継法上の手続を欠くと、分割の効力や責任関係が後から争われるリスクがある。
  • 事業承継M&Aでは、スキーム論だけでなく、経営者保証・親族間の利害・従業員の処遇など「人の問題」とセットでトラブルが起きやすい。
  • トラブル発生後は、事実関係と契約・法的枠組みを丁寧に整理したうえで、交渉方針と紛争解決手段(裁判・仲裁・調停等)を戦略的に選択することが重要であり、早期の専門家関与が有効となる場面が多い。

事業譲渡・会社分割・事業承継M&Aはいずれも、企業グループの再編やスモールM&Aで日常的に使われるスキームです。
一方で、いったん紛争化すると、金額・レピュテーション・従業員の士気への影響が大きく、経営に深刻なダメージを与えかねません。

まだ検討段階であれば、**「どのスキームを選ぶべきか」という入り口から、
すでにトラブルが顕在化している場合であれば、
「誰がどこまで責任を負う可能性があるのか」**という出口の見通しから、早めに専門家と一緒に整理しておくことをおすすめします。

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