賃貸不動産を保有する法人貸主にとって、「入居者の異常な使用」によるコスト増は見過ごせない問題です。本件は、アパートの入居者(個人)が水道を大量に使用した結果、貸主側に高額な水道料金の負担が生じたため、損害賠償請求(任意交渉)でほぼ回収できた対応事例です。
水道料金トラブルでは、まず「漏水(設備不良)」か「入居者の大量使用」かの切り分けが重要です。原因が入居者側にある場合でも、契約条項・証拠の押さえ方を誤ると、請求が通りにくくなります。当事務所では、顧問弁護士として契約書と事実関係を整理し、相手方の反論を先回りして潰しながら、支払いに至る交渉の型を組み立てました。
坂尾陽弁護士
- 原因(漏水か大量使用か)を早期に切り分け、管理会社・水道局資料で裏付け
- 賃貸借契約書の条項(善管注意義務、禁止行為、原状回復・損害負担)を根拠に請求構成
- 「建物の不具合が原因」「臭い対策は必要だった」などの反論を想定して先回り
- 通常使用分と異常使用分を分け、損害額を合理的に算定
- 訴訟ではなく任意交渉で合意し、短期間でほぼ回収
顧問弁護士をどのように活用したかに関する解決事例です。顧問契約を締結していない方又は賃借人側から同様の相談・依頼があったとしてもお断りする場合があります。
執筆者:弁護士 坂尾 陽(企業法務・M&A担当)
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ご相談の背景
ご依頼者様は、不動産賃貸業を営む法人(貸主)でした。アパートの入居者(個人)とは一般的な賃貸借契約を締結し、賃料とは別に水道代を「月額定額」で受領する運用をしていました。
ところがある時期から、水道料金の請求額が通常月の十数倍に跳ね上がりました。入居者に確認したところ、排水溝の臭いが気になり、臭いを抑えるために長時間水道を流し続ける等の対応をしていたことが分かりました(本人としては“消臭のつもり”でも、結果として異常使用となります)。
定額制で受領している以上、増加分は貸主側の持ち出しになります。このままでは損失が拡大するため、入居者に対して増加分の負担を求めたいものの、「法的に請求できるのか」「設備不良(漏水)だと言われたらどうするか」「金額に比べて揉めたくないが泣き寝入りも避けたい」といった点が問題となり、顧問弁護士にご相談いただきました。
問題点
漏水か大量使用かの切り分けが不可欠
水道代が高額になった場合、典型的には「漏水(配管の破損・設備不良)」と「異常使用(蛇口の出しっぱなし等)」が候補になります。貸主側で原因を誤ると、請求が裏目に出るリスクがあります。特に集合住宅では、共用部の漏水が疑われると話が大きくなりやすく、慎重な一次対応が必要です。
定額制でも、入居者負担に切り替えられるとは限らない
賃貸借契約の運用として水道代を定額としていると、入居者は「定額なら使っても同じ」と受け止めがちです。そのため、請求するには「契約条項上の根拠」と「通常の想定を超える使用で貸主に損害が生じたこと」を丁寧に示す必要があります。単に“水道をたくさん使った”ではなく、契約上許容される使用態様を逸脱したことを構造化して説明するのがコツです。
入居者の反論を想定した準備が重要
本件でも、入居者からは「臭いがひどかったから水を流した」「建物側の問題ではないか」「そもそも定額なら問題ないはず」といった反論が想定されました。これらを放置して交渉に入ると、話が平行線になりやすいポイントです。
当事務所の対応
賃貸借契約書の条項確認と請求の法的構成
まず、賃貸借契約書を精査し、費用負担・損害賠償・禁止行為に関する条項を確認しました。一般的な賃貸借契約でも、次のような観点で入居者負担を基礎づけられることがあります。
- 善管注意義務:通常期待される注意をもって物件を使用する義務
- 用法遵守義務:使用目的・禁止事項に違反しないようにする義務
- 禁止行為・注意義務:設備を不相当に使用しない、異常があれば通知する等
- 損害賠償・原状回復:入居者の責めに帰すべき事由で損害が生じた場合の負担
本件では、入居者の対応(長時間の通水)が損害の直接原因となっていることを、契約上の義務違反として整理しました。
証拠の確保と損害額の算定
次に、請求を裏付ける証拠を収集・整理しました。ポイントは「客観資料」と「通常値との比較」です。
- 水道局からの請求書・使用水量の明細(検針票)
- 過去の月額平均との差(通常月と比較した増加分)
- 管理会社の現地確認メモ(漏水痕・設備不良の有無)
- 入居者とのやり取り(臭いの申告内容、対応経緯)
結果として、配管の破損等の漏水は確認されず、入居者の対応による大量使用であることを資料で裏付けました。損害額は、当該月の水道料金から通常月相当額を控除する方法で算定し、増加分は約数十万円程度となりました。
算定方法は、たとえば「直近6か月〜12か月の平均」「同一建物の同規模住戸の平均」など、合理性が説明できる方法を採用します。交渉では“なぜその金額なのか”が争点になりやすいため、最初から計算根拠を開示できる形に整えることが重要です。
相手方の反論を先回りして潰す
交渉に入る前に、反論を想定して「先回りの準備」をしました。たとえば、入居者が建物側の不具合を主張する可能性に備え、管理会社の確認結果や、入居者が異常を認識した際の通知義務(申告のタイミング)との整合性を整理しました。
また、「臭い対策は必要だった」という主張に対しては、貸主側で対応可能な選択肢(管理会社への連絡・適切な清掃)を示し、長時間の通水が社会通念上相当な対処といえるかを検討しました。これにより、交渉の争点が拡散しないようにコントロールしました。
任意交渉による合意形成
準備が整った段階で、入居者に対し、①水道使用量の異常値、②漏水ではないこと、③契約条項上の負担根拠、④損害額の算定方法をセットで提示し、支払いを求めました。
入居者としても突然の請求に驚くため、感情的な対立を避けつつ、請求の根拠が揺らがない形でコミュニケーション設計を行いました。最終的には、分割払いも含めた条件で合意し、増加分の大半を回収することができました。
結果
本件は、訴訟に移行することなく、任意交渉で短期間に合意し、貸主側の損失を最小化できた事案でした。水道代大量使用というトラブルでも、原因特定と証拠整理、契約条項の当てはめを丁寧に行うことで、損害賠償請求の実効性を高められます。
また、再発防止として、定額制の見直し(使用量に応じた精算条項の導入)や、異常使用が疑われる場合の連絡フローも整備しました。トラブル対応と同時に、運用改善までセットで進められた点は、顧問弁護士としての価値が出やすい部分です。
本件のような「水道代大量使用」トラブルでの実務ポイント
本件と同種のご相談では、次の点が解決スピードを左右します。
- まず漏水の可能性を排除し、原因を一本化する
- 契約条項を根拠に、入居者の義務違反として整理する
- 水道局資料・検針票などの客観資料で「通常値との差」を示す
- 反論(建物不具合、必要な対応だった等)を想定して先回りする
- 交渉では算定根拠を開示し、合意条件(分割等)で着地させる
よくあるご質問
入居者に水道代(増加分)を請求できるのはどんな場合ですか?
漏水などの設備不良が原因であれば、原則として貸主側での対応が中心になります。一方で、入居者の使い方が通常の範囲を超え、契約上の義務違反があると整理できる場合は、損害賠償請求の対象となり得ます。まずは原因特定と契約条項の確認が出発点です。
定額で水道代をもらっている場合でも請求できますか?
定額制そのものが直ちに請求不能という意味ではありません。ただし、請求が認められやすいのは「定額制の前提が崩れるほどの異常使用があり、契約上も入居者の責任として整理できる」ケースです。算定根拠(通常平均との差)をセットで提示することが重要です。
敷金から差し引いて精算してもよいですか?
契約条項や精算のタイミングによります。退去時に原状回復・損害の精算として敷金から控除する設計が可能なこともありますが、トラブルになりやすいポイントでもあるため、書面で根拠を示しつつ慎重に進める必要があります。
交渉でまとまらない場合、次の一手はどうなりますか?
内容証明での請求、少額訴訟・通常訴訟など複数の選択肢があります。費用対効果(請求額と回収可能性)を踏まえ、最も合理的な手続を選ぶことが大切です。本件では、裁判に移る前の段階で争点を潰しておくことで、任意交渉での着地ができました。
坂尾陽弁護士
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