本件は、契約書なしM&Aトラブルとしてご相談いただいた事案です。税理士の紹介で他社の経営を引き受けたものの、正式な契約書が整わないまま話が進み、元経営者から譲渡対価として約950万円を請求されました。
当事務所は買主側(会社側)の立場で受任し、当事者間の覚書やメール等の痕跡を丁寧に整理したうえで交渉方針を構築しました。結果として、950万円の請求は0円としつつ、こちらが投下した労力・資本の精算として解決金280万円を受領し、取引(事業譲渡の予定)を白紙撤回する形で着地しました。
小規模なM&A(事業譲渡・株式譲渡を含む)では、スピード優先で「後で契約書を作ればよい」と進みがちですが、後から金銭請求が発生すると合意内容の立証が最大の壁になります。本記事では、会社側がどのように争点を整理し、どこで落とし所を作ったのかを解決事例として紹介します。
坂尾陽弁護士
- 譲渡対価950万円の請求根拠を崩し、支払い0円で整理
- 覚書・メール等を材料に、合意の範囲と未合意部分を切り分け
- 約半年の経営引継ぎで生じた投下コスト等を精算し解決金280万円を確保
- 白紙撤回の合意書まで作り込み、再燃リスクを封じた
執筆者:弁護士 坂尾 陽(企業法務・M&A担当)
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事案の概要
ご相談企業は、他社の事業を引き継ぐことで雇用を守り、立て直しを図りたいと考えていました。紹介元を通じて対象会社(売主側)の元経営者と面談し、M&Aの一形態として事業譲渡を前提に話が進みました。
ところが、実務上は「まずは経営を引き受けてほしい」という流れになり、当事者間の覚書程度はあったものの、譲渡対価・引継ぎ対象・精算方法などを網羅した契約書がないまま、約半年にわたってご相談企業が経営を担う状態になりました。
数か月経過後、元経営者から「譲渡対価」として約950万円の請求を受けました。ご相談企業としては、金額・前提条件ともに合意した認識がなく、さらに運営のための労力や資金も投入していたため、支払いに応じることはできない状況でした。
当事務所が最初に行ったこと
契約書がない事案では、いきなり法的主張を組み立てるより先に、まず「何が合意され、何が未合意か」を証拠で区切る必要があります。当事務所では、初動として次の棚卸しから着手しました。
- 当事者間の痕跡:覚書、メール・メッセージ、面談メモ、提案資料、送金履歴
- 引継ぎの実態:誰が意思決定し、誰が費用負担し、どこまで運営したか(約半年の経営関与の中身)
- 請求の中身:950万円の算定根拠、いつ・何を対価とするのか、条件の成否
- 清算すべき項目:従業員対応、取引先対応、運転資金の立替、設備・在庫・契約の帰属
契約書がなくても「争える土台」を作る
契約書がない=何も主張できない、というわけではありません。もっとも、口頭合意や途中段階の合意は、後から振り返ると認識のズレが起きやすく、証拠が散逸すると一気に不利になります。
そこで当事務所は、やり取りの時系列を作り、「いつ、誰が、何を前提に、どこまで合意したのか」を一つずつ整理しました。ここで重要なのは、相手方の主張を真正面から否定するだけではなく、相手方が否定しにくい事実(送金の有無、役員変更の経緯、経営の実態、費用負担の実態など)を積み上げることです。
引継ぎ期間中の「お金と責任」を分けて考える
本件では、約半年にわたりご相談企業が経営を担っていたため、運転資金の立替、取引先への支払い、従業員の給与負担など、日々の意思決定と支出が発生していました。
このような局面では、譲渡対価の議論と混線しやすいのですが、当事務所では「譲渡対価の話」と「引継ぎ期間中の精算(経営報酬・投下コスト等)」を切り分けて整理し、交渉カードを増やしました。
これにより、元経営者の請求が「どの合意に基づくものか」「どの部分が後出しの主張か」を可視化し、交渉の前提を整えました。
争点の整理
本件の争点は、単に「950万円を払うかどうか」ではありませんでした。契約書がないため、次のように論点が連鎖しやすい状態でした。
- 譲渡対価の根拠:金額・支払時期・条件が合意されていたのか
- 引継ぎ範囲:事業・資産・契約・債務のどこまでを移す想定だったのか
- 経営関与の精算:買主側が負担した人件費・運転資金・時間的コストをどう扱うか
- 白紙撤回の方法:元の状態に戻すために、何を返還し、何を整理する必要があるか
当事務所は、まず譲渡対価の請求根拠を崩す一方で、「白紙撤回をするなら、こちらの投下コストも同時に精算する」という交渉の骨格を作りました。
交渉戦略
交渉では、感情論や責任追及に寄り過ぎると長期化し、従業員・取引先への影響も大きくなります。そこで当事務所は、次の順序で落とし所を設計しました。
- 請求0円の結論を固定:覚書ややり取りの文言から、950万円が「確定した合意」ではないことを示し、支払義務が直ちに認められない構造を明確化
- 白紙撤回の提案:当初の目的(雇用維持・立て直し)が現実的に困難である点を共有し、取引を巻き戻すこと自体を双方の利益として提示
- 精算項目の見える化:買主側が負担した運営コストや経営投入分を具体化し、相殺・清算の議論に移行
- 合意書まで作り切る:口頭合意で終わらせず、返還・精算・秘密保持・今後の連絡窓口等を条文化して再燃を防止
特に「白紙撤回」を提案する際は、相手方にとっても“出口”になるよう、従業員対応や取引先対応の段取りも含めて現実的なスケジュール案を用意しました。
解決内容
最終的に、元経営者の約950万円の請求は0円とし、買主側(ご相談企業)が約半年の間に負担した経営報酬・投下コスト等を含めて、解決金280万円を受領する内容で合意しました。
合意書で明確化したポイント
和解条件の中核は「950万円の請求をしない(清算)」と「280万円を支払う(精算)」ですが、実務上は“お金以外”もきちんと決めないと再燃します。
そこで経営権・資料・アカウント等の引継ぎ方法、未払費用や立替金の扱い、関係者への連絡手順などを合意し、双方の作業が完了するタイミングまでを解決の射程に入れました。
あわせて、事業譲渡の予定は白紙撤回とし、経営の引継ぎ状態を解消するための合意書を作成しました。合意書には、返還・精算の範囲、今後の請求をしないこと(清算条項)、情報の取扱い(秘密保持)など、再燃を防ぐための条項を盛り込みました。
ご相談から解決までの期間は、概ね数か月程度で、紛争化(訴訟等)に進めずに解決できたことで、時間的・金銭的コストを抑えることができました。
本件から会社側が得られる示唆
契約書なしのM&Aトラブルは「もう詰んだ」と感じやすい一方で、実務上は次の観点で立て直せる余地があります。
- 覚書・メール・送金履歴などの“小さな証拠”を集め、合意の輪郭を作る
- 相手の請求を否定するだけでなく、白紙撤回・清算という出口を提示する
- 経営関与の実態を金額に落とし込み、相殺・精算のテーブルに乗せる
- 最後は必ず書面化し、将来の蒸し返しを封じる
M&Aをやり直すか、別の買収機会を探すかの判断も含め、早い段階で選択肢を整理することが重要です。
まとめ
本件のポイントを整理すると、次のとおりです。
- 契約書がなくても、証拠の積み上げで請求根拠を崩せる
- 請求をゼロにしつつ、投下コスト等の精算で解決金を確保できる場合がある
- 白紙撤回は「合意書まで作る」ことで再燃リスクを下げられる
- 契約未整備のまま経営を引き受けたときは、早期に専門家へ相談するのが安全
契約書なしの状態で金銭請求を受けた場合、相手のペースで話を進めてしまうと不利になりがちです。まずは資料を確保し、合意の範囲と未合意部分を切り分けたうえで、交渉戦略を立てることをおすすめします。
坂尾陽弁護士
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