(譲渡会社の競業の禁止)
第二十一条 事業を譲渡した会社(以下この章において「譲渡会社」という。)は、当事者の別段の意思表示がない限り、同一の市町村(特別区を含むものとし、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市にあっては、区又は総合区。以下この項において同じ。)の区域内及びこれに隣接する市町村の区域内においては、その事業を譲渡した日から二十年間は、同一の事業を行ってはならない。
2 譲渡会社が同一の事業を行わない旨の特約をした場合には、その特約は、その事業を譲渡した日から三十年の期間内に限り、その効力を有する。
3 前二項の規定にかかわらず、譲渡会社は、不正の競争の目的をもって同一の事業を行ってはならない。
会社が事業譲渡を行った場合、譲渡会社は譲受人との間で別段の合意をしない限り、同一の市町村及びこれに隣接する市町村の区域内において20年間の競業避止義務を負うことになります。
株式会社が事業譲渡を行う場合の手続き等については、会社法467条から470条について定められています。これに対し、事業譲渡という取引の法的な効力について定めたのが会社法21条以下と言えるでしょう。
企業法務・顧問弁護士の無料相談実施中
事業譲渡の意義
単なる事業用財産の譲渡との違い
会社法が規定する事業譲渡と言えるためには、単に事業で使っている財産・資産をまとめて譲渡するだけでは足りません。この点について、判例は、事業譲渡とは一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部・重要な一部の譲渡であること、及び譲渡会社がその事業用財産による営業的活動の全部・重要な一部を譲受人に受け継がせるものが事業譲渡であるとしています(最高裁昭和41年2月23日判決)。
事業用財産が組織化・有機的一体化しているとは、要するに、会社の資産に加えて経営組織が備わっていること、ノウハウ・マニュアル等があること、得意先や仕入先等があることをいいます。
また、このような組織化・有機的一体化した事業を譲渡することで、その事業を営む経営者としての地位を譲渡会社から譲受人に引き継ぐことが必要であると考えられます。
裁判例においては、ゴルフクラブに関する事業譲渡について、経営に必要不可欠な土地・クラブハウスの所有権の譲渡を受けなかった事案について事業譲渡に該当すると判断された一方で(大阪地裁平成6年3月31日判決)、ゴルフ場の土地建物等を譲渡した事案で事業譲渡に該当しないと判断されたものがあります(旭川地裁平成7年8月31日)。裁判所は、事業譲渡に該当するかについて、土地建物といった重要な事業用資産の有無ではなく、、営業組織・ノウハウ・顧客等を含み事業として組織化・有機的一体化されたと言えるかどうかを判断基準としているようです。
事業が赤字・廃止の場合
譲渡会社が赤字続きであったり又は債務超過であったりするような場合において、赤字の事業を譲渡することも会社法21条における事業譲渡に該当する可能性はあります(東京高裁昭和53年5月24日判決参照)。
これに対し、事業が廃止状態にあるような場合には、事業譲渡に言う組織化・有機的一体化した事業の実体を伴うものとは言えないため事業譲渡には該当しないと考えられます。
例えば、会社資産の全てが譲渡されたような場合でも、債務弁済に充てる目的で事実上の整理方法としてなされたようなときは営業活動の承継を伴うものではないことから事業譲渡には該当しません(東京高裁昭和50年9月22日判決)。
子会社株式の譲渡
子会社株式の譲渡は、あくまで親会社が保有している株式という資産を譲渡しただけであるため原則として事業譲渡には該当しないと考えられます。
しかし、通常、子会社は親会社が事業部門を独立させたものであることが多く、また、子会社株式を譲渡することの重要性は事業譲渡に劣るものではありません。そのため、重要な子会社株式の譲渡については、事業譲渡と同様に親会社の株主総会の特別決議による承認を受ける必要があります(会社法467条1項2号の2、309条2項11号)。
また、子会社株式の譲渡について特別決議による承認を受ける必要がない場合であっても、子会社の行う事業に関するノウハウや子会社の管理手法や人材等も含めて譲渡する場合には会社法21条の事業譲渡に該当する可能性があります。
現物出資・会社分割についての類推適用
現物出資や会社分割の対象が事業譲渡であるような場合には、会社法21条が類推適用されて現物出資を受けた会社や会社分割承継会社が競業禁止義務を負うことがあると考えられます。
インターネット上の事業を譲渡する場合
事業譲渡の競業禁止義務は、同一の市区町村・隣接する市区町村を対象とするものですが、最近はインターネットを通じて事業活動を行うことが少なくありませんので注意が必要です。会社法21条は地理的範囲に着目した規定であるため、インターネット上の事業等については合理性がない結果になることもあるため、インターネット上の事業を譲渡する場合には個別に当事者間で競業避止義務を定めることがとくに重要と言えるでしょう。
なお、インターネット上の事業譲渡に関する裁判例として、ウエブサイトを利用した衣服の売買についての事業譲渡に関して、譲渡会社が同一事業を行う目的でドメインを取得し、従来の顧客に譲渡事業に関するウエブサイトの姉妹サイトであると誤認を生じさせた事案にといて、事業譲渡の趣旨に反する目的で同一の事業をしたと判断したものがあります(東京地裁平成28年11月11日判決)。
事業譲渡により生じる労働契約上の問題
事業譲渡は、労働組合を消滅させたり、労働者を解雇するために利用されたりすることが少なくありません。例えば、譲渡会社が労働組合を消滅させるために、新会社を作って事業譲渡を行い、譲渡会社を解散させるようなことが考えられます。このような場合に事業譲渡と労働法の問題が生じることになります。
事業譲渡による労働契約の承継
合併・会社分割は権利義務関係を包括承継するため個々の権利義務関係が当然に移転します。これに対し、事業譲渡はあくまでどのような権利義務を承継するかは事業譲渡契約により決定され(特定承継)、また、個々の権利義務関係をそれぞれ移転させる必要があります。
そのため、労働契約についても事業譲渡による移転の対象となるのは譲渡会社と譲受人が労働契約の承継に合意したものとなり、かつ、労働契約を承継するには労働者の承諾が必要とされています。
そのため、事業譲渡が行われたにもかかわらず、その承継対象から外された労働者は不満を抱くことが少なくありません。とくに、譲渡会社が解散したような場合には数多くの裁判において争われています(東京高裁平成25年11月13日判決、東京高裁平成17年5月31日判決等)。
事業譲渡が悪用された場合の労働者保護
労働法においては、解雇法理・不当労働行為の法理・労働条件の不利益変更の法理等のように様々な仕組みによって労働者が保護されています。これらの仕組みを回避・潜脱するために事業譲渡が悪用された場合には以下のような労働者保護が図られることになります。
もっとも、原則として労働契約が承継されるのは譲渡会社と譲受人が合意した場合に限られます。そのため、事業譲渡に経済合理性がない等、労働法の規制を回避・潜脱するために事業譲渡を悪用したと認められない場合には労働契約の承継が認められることは難しいでしょう(東京高裁平成17年4月27日判決、東京高裁平成17年7月12日判決等)。
厚生労働省による指針
事業譲渡と労働契約の問題については厚生労働省も問題意識を持っており、以下のような指針が厚生労働省から出されています。
(参考)事業譲渡又は合併を行うに当たって会社等が留意すべき事項に関する指針
事業譲渡における競業禁止の場所的範囲
会社法21条1項は、同一の市町村・隣接する市町村の区域内において競業禁止を定めています。譲渡会社が複数の市町村をまたいで事業を行っていたような場合に、同一の市町村とは何を言うのかが問題となります。この点については、譲渡会社の営業所が所在していた市町村を意味すると考えられているようです。
不正の競争の目的(会社法21条3項)
会社法21条3項は、不正の競争の目的による競業を禁止しています。事業譲渡は、譲受人に組織化・有機的一体化された事業を譲渡し、その事業の経営者的地位を承継させるものです。このような事業譲渡の趣旨に反するような目的で同一の事業を行うことが会社法21条3項により禁止されます。
具体的には、譲渡会社が事業譲渡を行ったにもかかわらず、譲受人の得意先を奪おうとして同一の営業をしたような場合に適用が認められることになります(東京高裁昭和48年10月9日判決)。
会社法21条の効果
会社法21条は競業避止義務を定めているものですが、譲渡会社がこれに違反した場合には債務不履行・不法行為に基づく損害賠償請求のみでなく、競業行為の差止めも請求できると考えられます。
競業行為の差止めを請求できる根拠としては、競業避止義務の履行を請求するものと考えられるほか、不正競争防止法の適用がある場合には不正競争防止法に基づく差止請求も考えることができます。
- 2009年 京都大学法学部卒業
- 20011年 京都大学法科大学院修了
- 2011年 司法試験合格
- 2012年 森・濱田松本法律事務所入所
- 2016年 アイシア法律事務所設立
企業法務・顧問弁護士の無料相談実施中