(株主等の権利の行使に関する利益の供与)
第百二十条 株式会社は、何人に対しても、株主の権利、当該株式会社に係る適格旧株主(第八百四十七条の二第九項に規定する適格旧株主をいう。)の権利又は当該株式会社の最終完全親会社等(第八百四十七条の三第一項に規定する最終完全親会社等をいう。)の株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与(当該株式会社又はその子会社の計算においてするものに限る。以下この条において同じ。)をしてはならない。
2 株式会社が特定の株主に対して無償で財産上の利益の供与をしたときは、当該株式会社は、株主の権利の行使に関し、財産上の利益の供与をしたものと推定する。株式会社が特定の株主に対して有償で財産上の利益の供与をした場合において、当該株式会社又はその子会社の受けた利益が当該財産上の利益に比して著しく少ないときも、同様とする。
3 株式会社が第一項の規定に違反して財産上の利益の供与をしたときは、当該利益の供与を受けた者は、これを当該株式会社又はその子会社に返還しなければならない。この場合において、当該利益の供与を受けた者は、当該株式会社又はその子会社に対して当該利益と引換えに給付をしたものがあるときは、その返還を受けることができる。
4 株式会社が第一項の規定に違反して財産上の利益の供与をしたときは、当該利益の供与をすることに関与した取締役(指名委員会等設置会社にあっては、執行役を含む。以下この項において同じ。)として法務省令で定める者は、当該株式会社に対して、連帯して、供与した利益の価額に相当する額を支払う義務を負う。ただし、その者(当該利益の供与をした取締役を除く。)がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、この限りでない。
5 前項の義務は、総株主の同意がなければ、免除することができない。
会社法120条は、株主の権利行使に関して利益を供与することを禁止しています。過去においては株式会社が円滑な株主総会の運営のために総会屋に利益を供与することがありました。そのため、総会屋を予防するために利益供与の禁止が定められた背景はあります。
近年においても総会屋の問題は無くなってはいません。また、総会屋以外にも思わぬ場面で利益供与の禁止が問題となることがあります。
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利益供与の禁止の要件
主体:株式会社
利益供与の主体は「株式会社」とされていますが、株式会社の名義であることは必要とせず、株式会社の計算において行われた場合には利益供与に該当します。
例えば、取締役や従業員が利益供与を行った場合、報酬・給与等を増額することでその金額を会社が実質的に負担しているような場合には会社の計算による利益供与と言えます。
利益供与の相手方
利益供与は「株主の権利の行使に関し」行われる必要がありますが、必ずしも株主に対して利益供与をする必要はありません。会社法120条は「何人に対しても」という文言を使用し、このことを明らかにしています。
例えば、株主となって欲しくない者に対して、株式の買い付けをしないことを条件として利益を供与する場合にも、株主の権利を行使しないという趣旨であることから株主の権利の行使に関する利益供与だと考えられています。
利益供与の対象:財産上の利益
会社法120条1項は財産上の利益の供与を禁止しています。財産上の利益には、債務を免除したり又は意図的に時効で消滅させたりという消極財産を消滅させる場合や、相当な対価が支払われている場合も含むと考えられています。
株主の権利の行使に関し
株主の権利の行使に関するとは、株主をして積極的に権利行使を行わせる場合だけでなく、株主が権利を行使しないようにする場合も含みます。
利益供与の相手方は利益供与が株主の権利の行使に関してなされたことを認識している必要はありませんが、供与者側は株主の権利の行使に影響を与えることを認識している必要があるとされています(高松高裁平成2年4月11日決定)。この事案はより多くの優待乗車券を得る目的で株式の名義を小口に分散していたことが問題となりましたが、裁判所は株式会社に株主の権利の行使に関して優待乗車券を配布する意図はなかったとして会社法120条に基づく責任を否定しています(取締役の善管注意義務違反に基づく損害賠償請求を認めました。)。本事案については下記記事も参考にしてください。
権利行使に関する利益供与の推定(会社法120条2項)
利益供与が株主の権利の行使に関して行われたかを立証することは難しいため、会社法120条2項は特定の株主に対して無償で利益供与をしたときは株主の権利の行使に関するものと推定するとしています。なお、利益供与の禁止は、会社法120条1項により適格旧株主の権利行使や最終完全親会社等の株主の権利行使の場合にも定められていますが、これらの場合には利益供与を推定する規定はもうけられていません。
また、「特定の株主」とは利益供与の時点で株主であることをいい、利益供与時点で株主ではない場合には会社法120条2項の推定は働かないと考えられています(東京高裁平成29年1月31日判決)。
利益供与の禁止が問題となる場面
株式譲渡と利益供与の禁止
会社にとって好ましくない株主から株式譲渡を受けることは、利益供与の禁止に該当する場合があります。
蛇の目ミシン事件は、会社がいわゆる仕手筋から株式を暴力団関係者に売り渡すと脅迫されたため、株式の買戻しを受けるため約300億円を供与した事案ですが、最高裁は株式譲渡の対価としての利益供与は当然に利益供与には当たらないが、会社から見て好ましくないと判断される株主が議決権等の株主の権利を行使することを回避する目的で株式を譲り受けるための対価を供与する行為は株主の権利の行使に関する利益供与に当たると判断しています(最高裁平成18年4月10日判決)。
最高裁の判断は、会社から見て好ましくないと判断される株主かどうかを基準とするものであり、必ずしも基準として明確ではないように思われます。この最高裁判決後の裁判例においては、好ましくないと判断される株主と認めるに足りないとして株主の利益の行使に関する利益供与ではないと判断しているものもあります(東京高裁平成22年3月24日判決)。
従業員持株会と利益供与の禁止
従業員持株会制度において、会社が従業員に対して株式を取得するための奨励金を支給することがあります。従業員持株会における奨励金の支出が利益供与の禁止に当たらないかについては、取締役らの意思が持株会員の株式の議決権行使に影響を及ぼさず、奨励金の支払いが福利厚生の一環等として適切なものであれば利益供与の禁止に該当しないと考えられます(福井地裁昭和60年3月29日判決参照)。
また、近時に増えてきたESOP(Employee Stock Ownership Plan)においても、導入企業が財政的支援を行う場合があり利益供与の禁止に該当しないかが問題となります。この点については、経済産業省作成の平成20年11月17日付「新たな自社株式保有スキームに関する報告書」によれば、少なくとも議決権行使の独立性が確保されており導入企業の主観的な意図が正当なものであり、財政的支援の内容が合理的なものであること等が必要と考えられています。
株主優待と利益供与の禁止
一般的に行われている株主優待、株主総会のお土産、株主懇談会での飲食提供、議決権行使を促進するための粗品の贈呈等は社会通念上相当な範囲内のものであれば利益供与に該当しないと考えられています。
もっとも、株主提案が行われ株主による委任状勧誘が行われている状況下においては、一般的な粗品の贈呈等も株主の権利の行使に関する利益供与に該当する可能性があります。東京地裁平成19年12月6日判決は、株主による委任状勧誘が行われている状況下で議決権を行使した株主に500円分のQuoカードを提供した事案において、会社が株主に会社提案に賛成することお願いする旨の手紙を送っていたこと、議決権行使比率が約30%増加したこと等の事実を踏まえて、Quoカードの提供は会社提案に賛成する議決権行使の獲得を目的としたものであり、会社法120条1項が禁止する利益供与に該当すると判断しました。
違法な利益供与の効果
被供与者の利益返還義務(会社法120条3項)
会社法120条3項は、違法な利益供与を受けた被供与者が利益を返還する義務を負うことを定めています。会社法120条3項は、民法上の不当利得返還義務の特則であり、善意の受益者であっても利益全額の返還義務を負うほか、非債弁済や不法原因給付に該当する場合でも返還義務は免れません。
他方で、民法704条を排除する趣旨ではないとされており、悪意の受益者は利益に利息を付して返還する義務を負うとされています。
取締役等の利益相当額支払義務(会社法120条4項)
違法な利益供与に関与した取締役・執行役は連帯して利益相当額の支払義務を負います。被供与者の支払義務と取締役・執行役の支払義務は、前者を第一次的責任、後者を第二次的責任とする不真正連帯債務の関係にあると考えられています。
違法な利益供与と株主総会決議の取消し
違法な利益供与が行われた場合は、株主総会決議を取り消すこともできると考えられます。
東京地裁平成19年12月6日判決は、禁止された利益供与を受けた議決権行使により可決された株主総会決議には、決議方法の法令違反による取消事由があるとしています。
- 2009年 京都大学法学部卒業
- 20011年 京都大学法科大学院修了
- 2011年 司法試験合格
- 2012年 森・濱田松本法律事務所入所
- 2016年 アイシア法律事務所設立
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