「システム開発が失敗した」「プロジェクトが炎上した」と感じる場面でも、すぐに裁判や損害賠償に直結するとは限りません。紛争化するのは多くの場合、何を合意していたのか(仕様・範囲・前提)と、どこで合意が崩れたのか(変更・検収・支払)が整理できないまま、責任追及のフェーズに入ってしまうからです。
この記事では、法務の観点から「システム開発 失敗」で揉めやすい典型パターンを整理し、発注側・受託側の双方で実装できる紛争予防のプロジェクト運営(要件定義・仕様変更・検収・体制・再委託)を具体化します。すでにトラブルが顕在化している場合の初動は、別記事で詳しく解説しています(例:システム開発トラブルの初動対応)。
坂尾陽弁護士
- 失敗は技術だけでなく「合意形成と記録」の崩れから起きやすい
- 要件定義は“機能”だけでなく「目的・前提・除外」を固める工程
- 仕様変更は「承認・見積・納期」の3点セットで管理する
- 検収条件を先に決め、完成・支払・不具合対応の線引きを作る
- 再委託・体制変更は責任の断絶を生むため契約と運用で塞ぐ
執筆者:弁護士 坂尾 陽(企業法務・M&A担当)
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システム開発が「失敗」から「紛争」に変わるメカニズム
紛争の入り口は、「うまくいっていない」という感情ではなく、契約上の義務(完成・協力・支払)をどちらがどこまで果たしたかの食い違いです。裁判や調停になると、当事者の記憶よりも、契約書・仕様書・議事録・メール・チケット・検収記録などの客観資料で判断されます。
予防の観点では、次の3点が分岐点になりがちです。
- 要件定義・仕様確定:開発範囲(スコープ)と前提条件が曖昧だと、後から「それも当然入っているはず」と追加要求が発生する
- 仕様変更(変更管理):変更の承認・費用・納期を都度合意しないと、遅延や品質低下の責任配分が一気に難しくなる
- 検収(受入・完成の判断):検収基準が不明確だと、完成・支払・瑕疵対応(修補/減額等)の線引きが曖昧になり、交渉が長期化する
以下では、よくある失敗事例を「紛争化しやすい形」に置き換えて、どこで手当てすべきかを見ていきます。
失敗事例に共通する典型パターン(炎上の入口)
ここで扱う事例は、特定の案件を示すものではなく、実務上よく見られる失敗パターンを抽象化したものです。ポイントは「失敗そのもの」ではなく、失敗が紛争化する構造を潰すことです。
パターン1:「現行踏襲」のつもりが、例外運用だらけで要件が確定しない
発注側が「現行業務のまま新システムへ移行したい」と考えていても、実際には現場に例外運用・属人対応が蓄積しており、要件定義で“決め切れない”状態になりがちです。結果として、開発後半や検収段階で追加要求が噴出し、費用・納期・品質のどれかが崩れます。
回避策は、要件定義を「機能一覧」ではなく、業務目的・優先順位・例外の棚卸しとして設計し直すことです。
- 発注側:Must(絶対に必要)/Want(できれば)/Not now(今回は見送る)を合意し、要件を“絞る”
- 受託側:見積・スケジュールの前提条件(決定事項/未決事項/除外事項)を文書化し、後工程の追加要求を「変更」に位置付ける
パターン2:仕様変更が積み上がり「いつのまにか別案件」になる
仕様変更自体は悪ではありません。問題は、変更が「口頭のお願い」だけで積み上がり、承認・見積・納期再設定が抜け落ちることです。プロジェクトが後半に入るほど、変更のコストは跳ね上がり、遅延や不具合の火種になります。
変更管理は、運用として“型”を作ってしまうのが最も確実です。
- 変更要求の窓口(誰が受け付けるか)と、承認者(誰が決めるか)を固定する
- 変更の影響(費用・納期・品質・運用)を見える化し、承認時に必ず共有する
- 承認後は、仕様書・議事録・チケット等で「いつから何が仕様か」を追跡できる形にする
パターン3:検収条件が曖昧で「完成/未完成」「支払/減額」が噛み合わない
検収(受入)が曖昧だと、発注側は「未完成だから払えない」、受託側は「完成しているから払ってほしい」と主張し、平行線になりがちです。さらに、契約不適合(不具合)対応を“いつまで・どの範囲で”行うかが曖昧だと、検収の先延ばしが起きます。
予防としては、検収を「感想」ではなく、基準と手続に落とし込むことです(不具合の扱いは 契約不適合責任 の記事でも詳述)。
- 検収期間、検収方法(テスト項目・合否基準)、不具合のランク(致命的/軽微等)を決める
- 軽微な不具合が残る場合の取り扱い(支払・保守での対応・期限)を決める
パターン4:会議体はあるが議事録がない/決裁者が不在
プロジェクトが進むほど、関係者は増え、決定事項は複雑になります。議事録がないと、後から「そんな合意はしていない」「誰が決めたのか分からない」となり、仕様・変更・検収のすべてが揺らいます。
パターン5:再委託・体制変更で責任と品質が断絶する
再委託(下請・孫請)が入る案件では、発注側から見れば窓口は元請ですが、実作業は別会社という構造になりがちです。ここで、引継ぎ不足・品質管理の不一致・契約条件の不整合が起きると、トラブルが一気に拡大します。
受託側は「発注者に対しては元請が責任を負う」前提で、再委託管理を設計する必要があります。
- 再委託の可否・範囲・承諾手続を契約で明確化し、勝手な再委託を防ぐ
- 再委託先にも、品質基準・検査・秘密保持・知財・損害賠償(責任制限含む)を整合させる
- キーパーソン交代時の引継ぎ手順(資料・成果物・設計意図)を必須化する
紛争化を防ぐプロジェクト運営:受託側(ベンダ)が押さえる10の実務
受託側は「技術で解決できる」と思って動きがちですが、紛争予防では説明・記録・合意形成が同じくらい重要です。とくに、仕様が揺らぐ局面(変更要求、検収拒否、遅延)で“何をしたか”が後から問われます。
- 前提条件と除外事項を見積・提案段階で明示する(「現行踏襲」は要注意)
- 要件定義の合意点を、議事録+成果物(要件定義書等)で二重に残す
- 変更管理フロー(受付→影響評価→見積→承認→反映)をプロジェクトルール化する
- リスクの告知・説明(遅延見込み、品質低下の可能性等)を早めに文書で残す
- 検収基準・検収手続を早期に合意し、テスト観点・合否基準を共有する
- 成果物の定義(ソース、設計書、手順書、移行手順、教育など)を「納品物一覧」で固定する
- 窓口・決裁者を発注側に確認し、意思決定の滞留を放置しない
- 再委託管理(品質・進捗・セキュリティ)を元請の責任で運用する
- 体制変更のルール(キーマン交代、引継ぎ、要員スキル)を契約・運用で縛る
- 中止・縮小の出口(段階検収、清算、データ返還等)を想定しておく
上記は“全部やる”必要はありませんが、少なくとも変更・検収・告知の3点は、後からの責任整理を大きく左右します。
発注側(ユーザー)がやりがちな落とし穴と予防策
発注側は「ベンダに任せる」だけでは成功しません。要件定義や検収は、業務側の協力がないと成立しにくく、協力義務を果たしたのかが問題になり得ます。
- 社内の窓口と決裁者を固定し、現場の要望を“優先順位付き”で集約する
- 要件定義で「今回やらないこと」を明確化し、スコープを守る
- 仕様変更は、費用・納期・運用影響を見た上で承認し、口頭で流さない
- 検収は“協力作業”と割り切り、テスト体制(担当・期限)を確保する
- データ移行・業務移行・教育は失敗しやすいので、責任分界と手順を前倒しで決める
- 炎上の兆し(遅延・品質・コミュニケーション不全)が出たら、早期に論点整理して打ち手を選ぶ
契約・ドキュメントで失敗を“紛争化させない”
プロジェクト運営でカバーしきれない部分は、契約とドキュメントで“線”を引きます。特に重要なのは、請負か準委任か、成果物・検収・変更の扱い、損害賠償の範囲です(損害賠償の争点は システム開発の損害賠償 も参照)。
最低限、次の5点は「決めたつもり」にならない形で残しておくと、紛争化リスクが下がります。
- スコープ:対象業務、対象システム、除外事項、前提条件
- 変更:変更要求の手続、見積・承認、納期変更の扱い
- 検収:検収期間、合否基準、不具合の取扱い(修補・保守移管など)
- 体制:窓口・決裁者、キーマン、再委託、セキュリティ・権限管理
- 清算:中止時の精算、成果物・データの返還、知的財産権
裁判例にみる「揉めるポイント」:仕様・変更・検収の扱い
裁判所は、当事者の「思い」ではなく、契約・仕様書・議事録等から「何が合意されていたか」を認定します。システム開発の裁判例でも、結局は仕様の確定、変更の扱い、検収の協力が中心争点になりやすい傾向があります。
- 東京地裁平成17年4月22日判決:見積の前提・仕様提示の有無が争点となり、追加作業の扱いが問題になった例として、スコープと前提条件の重要性が示唆されます。
- 東京高裁平成26年1月15日判決:仕様変更の申入れに応じる場面で、ベンダ側がリスク(遅延・不具合等)を説明すべき局面があることが示唆され、受託側の「告知・説明・記録」が争点化しやすいことが分かります。
- 東京高裁平成27年6月11日判決:パッケージ導入・カスタマイズを巡り、仕様の捉え方や検収の位置付けが問題となった例として、仕様確定プロセスと検収手続を事前に固める必要性が読み取れます。
炎上しかけたときに「紛争化」を止めるための最小アクション
予防策を打っていても、遅延や不具合が顕在化することはあります。その場合は、原因究明の前に、まず「責任を決める」ではなく論点を分けて整理し、合意形成を作り直すことが重要です。
- 仕様(合意済み/未合意)と変更(誰がいつ承認したか)を切り分ける
- 検収の前提(テスト条件・環境・データ)を揃え、合否基準を再確認する
- 支払・追加費用・納期の“落としどころ”を、段階検収や範囲縮小も含めて検討する
具体的な証拠保全や通知文書など、初動を体系的に整理したい場合は、初動対応の解説も併せて確認してください。
まとめ:失敗を防ぐために、まず何から整えるか
- 要件定義は「目的・優先順位・例外・除外」を固め、スコープを守る
- 仕様変更は「承認・見積・納期」の合意と記録を都度残す
- 検収は基準と手続を決め、完成・支払・不具合対応の線引きを作る
- 受託側は告知・説明・議事録でリスクを可視化し、再委託管理も含めて運用する
- 炎上の兆しが出たら、論点整理と合意形成の作り直しを優先する
「失敗の原因は分かったが、契約・責任・精算の線引きが難しい」という局面では、技術と法務を同じテーブルに載せることが重要です。紛争化を避けたい場合ほど、早い段階で整理するとコストを抑えやすくなります。
坂尾陽弁護士
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