
会社法156条から160条までは、「自己株式の取得」をめぐる手続きを細かく定めた重要な規定群です。自己株式の取得と聞くと、「会社が自社の株式を買い取る」というイメージはあるものの、具体的にどのような手続きが必要なのか、あるいはどのような規制や実務上の留意点があるのかを正確に把握している方は案外少ないかもしれません。
とりわけ、株主総会決議が必要になる場合や、取締役会で決定できる場合の違い、特定株主からだけ株式を買い取る「相対取得」の意義、他の株主が「売主追加請求」を行使できるのはいつか、という論点は実務上しばしば問題になります。また、財源規制との関係もあり、誤った手続で自己株式を取得すると違法性を指摘されるリスクが高まるため、注意が必要です。
本記事では、会社法156条から160条の条文が想定する自己株式の有償取得(株主との合意による自己株式取得)に焦点を当て、その背景・要件・実務上のポイントを体系的に解説します。
目次
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会社法156条~160条の全体像と趣旨
まずは、なぜ会社が「自己株式を取得する」場合に、これほどまで複雑な手続きが必要なのか、その背景を整理してみましょう。
「株主との合意による有償取得」とは
会社法上、自己株式の取得は大きく
- 相続などの包括承継による取得
- 株主との合意による有償取得
- 取得請求権付株式・取得条項付株式の取得
- 組織再編に伴う取得(合併・分割など)
など、いくつかの類型に分かれています。そのうち会社法156条から160条に規定されているのは、「株主との合意による有償取得」です。言い換えれば、会社が“お金を払って”株主から株式を買い取るケースが該当します。
この「株主との合意による有償取得」も、さらに
- 一般的な合意取得(156条、157条、158条、159条)
- 株主全体に「株式を買い取りたいので譲渡してほしい」と勧誘をし、株主が応募する(いわゆる“ミニ公開買付け”方式)。
- 特定の株主からの相対取得(160条)
- ある特定株主からだけ株式を買い取る方法。ただし、他の株主も“売主追加請求”をできる場合がある。
という二つのカテゴリーに分かれます。156条は全体的なフレームワークを定める根拠規定であり、以降の条文で具体的な手続きが細かく規定されているわけです。
なぜ詳細な手続き規定があるのか
「自己株式を取得する」という行為は、会社財産の流出を伴ううえ、特定株主のみに有利な条件を付したり、経営陣が意図的に買い取る株主を選別したりしてしまうと、残りの株主を害するおそれがあります。さらに、敵対する株主の株式を会社が買い取ることで支配権を安定化させるなど、経営陣が恣意的に利用する危険性も否定できません。
こうした弊害を防ぎつつ、実務上必要性が高いケース(たとえば相続人が持っている株式を会社で買い取って、外部の株主を排除したい等)に対応するために、156条~160条は比較的厳格な手続きと財源規制を設けています。
156条~160条の構成
- 156条:株主総会決議による枠(取得枠)の設定
- 157条:具体的な取得条件(株数・対価等)の決定
- 158条:株主への通知・公告
- 159条:譲渡申込みと承諾の成立
- 160条:特定株主からの取得、売主追加請求権
このように、まず会社が「どのくらいの株数・対価・期間で自己株式を買い取るか」を株主総会や取締役会などで決議したうえで、株主全体へ通知・公告し、株主からの申込みを受け付け、承諾することで売買契約が成立するという流れになっています。ただし、160条の相対取得では“売主追加請求”が問題となるため、少し別ルートの手続きも存在します。
会社法156条:有償取得のための授権決議
会社法156条1項の意義と趣旨
会社法156条1項は、株主との合意による自己株式取得に先立ち、「どのような株式を・どの程度の額で・どのくらいの期間をかけて取得するのか」をあらかじめ株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会が授権されるパターンもあり)で決議しなければならないと定めています。
具体的には、同項が要求する事項は以下のとおりです。
- 取得する株式の種類および株数
- 取得対価(交付する金銭等)の内容および総額
- 取得期間(1年を超えることは不可)
株式を取得するにも、会社が「いくらまで出せるか」「どの種類の株式を買い取るか」「何株くらい買い取るか」を決定しなければ残りの株主に不測の影響が及ぶ可能性があります。たとえば、ある特定の種類株式だけ大量に買い取ってしまうと、他の株主の支配比率が変化したり、議決権構成が大きく変わったりしてしまい、極端な場合には会社支配が変動することにもなり得ます。
そこで156条1項は、自己株式を取得する「枠」を株主総会決議によって定めることで、公正性と透明性を確保しているわけです。
会社法156条の例外:会社法459条1項1号との関係
もっとも、156条の株主総会決議は常に必要かといえばそうではありません。たとえば、取締役の任期を1年以内とし、剰余金の配当を取締役会で決定できる旨を定款で定めている会では、会社法459条1項1号の規定により、「自己株式取得の決定を取締役会が行う」ことが可能になっています。これは、剰余金の配当を取締役会に委任できるため、自己株式の取得も同様に経営陣レベルで迅速に決定できる仕組みがあるからです。
なお、156条以外の規定で手続きが完結する場合(たとえば子会社からの取得:会社法163条、市場取引:165条2項など)では、株主総会ではなく取締役会決議で足りるケースもあります。実務においては、自社がどの類型に該当するかをまず確認することが重要です。
会社法156条違反の効果
もしも156条の要求する決議が欠けたまま自己株式を買い取ってしまった場合、その取得行為は原則として無効であると解されます。判例上、自己株式取得の手続違反は会社財産の保護・債権者保護・株主保護の趣旨をもつ強行法規と考えられるため、「手続を欠く限り無効」と結論付ける学説・裁判例が多いです。
なお、東京高裁平成元年2月27日判決によれば、違法な自己株式取得の無効は会社側のみが主張できるとされています。もっとも、相手方が善意の場合、会社は無効を主張できないとする学説も有力です。
さらに、取締役がこのような無効な自己株式取得を実行した場合には、取締役としての任務懈怠責任(会社法423条1項)や刑事罰(会社法963条5項1号)が問われるリスクがあります。具体的に会社にどのような損害が生じるかは議論があるところですが、最高裁平成5年9月9日判決は取得価格と処分価格の差額が損害であるとし、大阪地裁平成15年3月5日判決は取得価格と取得時の時価を損害としています。違法な自己株式取得によって会社にどのような損害が生じるかは個別具体的な事情に応じて判断されることになると思われます。
会社法157条:具体的な取得条件の決定と譲渡勧誘
会社法157条1項各号の決定事項
156条の決議によって「枠」は設定されたとしても、実際にいつ・いくらの価格で・何株を買い取るかは、さらに具体化する必要があります。この具体的な買い取り条件を決めるのが会社法157条です。
157条1項では、次の事項を定めなければならないとしています。
- 取得する株式の数(種類株式発行会社なら種類と数も記載)
- 1株あたりの取得価格や算定方法
- 取得総額
- 譲渡申込みの期日
ここで注目すべきは、①の「取得する株式の数」と③の「取得総額」があれば、②の1株あたりの対価は必然的に決まるため、実際の決議においては1株あたりの価格か、総額か、その算定方法を明示しなければなりません。
会社法157条1項の決定機関
157条1項は、「都度、これらの事項を定めなければならない」とだけ規定しており、どの機関が決定するのか条文上は明確に書かれていません。しかし、「取締役会設置会社においては取締役会の決議によらなければならない」と規定されていることから、取締役会設置会社の場合は取締役会決議によることになります(会社法157条2項)
しかし、取締役非設置会社(例えば株主総会と代表取締役のみが存在するような会社)では、株主総会決議なのか、あるいは代表取締役が決めてよいのかが議論されます。
一般的な解釈としては、「業務執行行為」の一環とみて、取締役が決定できるという説と、株主総会決議を要するという説に分かれます。会社法462条1項2号の責任追及範囲などを考慮すれば、株主総会で決議するほうが安全という見解が有力です。
当事者の合意と会社法157条1項の決定
なお、経営陣と株主との間で株式の売却条件が合意されたものの、会社法157条1項の取得対価が合意よりも低く決定された場合、業務執行を行う取締役は合意に沿った自己株式の買い取りを行う権限を有しないこととなるので注意が必要です(会社法157条1項の決定が当事者の合意より優先する。)。
按分比例ルールへの布石
157条によって、「どの株式をいくらで買い取るか」を定めたうえで、申込みの期日を設定します。ここで多数の株主が応募した場合(会社の取得予定株数を超える申込みがあった場合)にどうするか、というのが会社法159条2項の按分比例ルールにつながっていきます。157条に基づく条件設定が適正であるかどうかが、後々の公平性を担保するポイントです。
会社法158条:株主に対する通知・公告
通知の原則
会社法157条で決めた「株式の取得条件」を、実際に売り手になるかもしれない株主へ知らせる手続が会社法158条です。会社法158条が本来の形で適用されるのは、いわゆる「ミニ公開買付け」と呼ばれる株主全員に対する譲渡勧誘の場面です。
会社法158条の通知公告は、株主に平等な売却機会を提供するため、株主による株式売却の申込みを誘引するものです。具体的には「通知」という形で行われるのが原則であり、会社は、株主全員に対して書面を送ったり、電磁的手段で通知したりします。
公告による代替
一方、公開会社であれば、通知に代えて「公告」で済ませることもできます(158条2項)。
公告の方法としては官報、日刊新聞紙、電子公告が考えられます。申込期間開始前に公告を行うことは認めれていますが、申込期間があまりに短い場合には株主保護に欠けるとの指摘を受けかねないので注意が必要です。
通知・公告を欠いた場合
158条違反(通知・公告の欠如または不備)があると、後日159条の申込み期日が来ても、株主によっては応募の機会が保障されていないことになります。これにより、取得手続自体が無効となる可能性があります。過料の定めもあるため注意が必要です。
会社法159条:譲渡申込みと承諾の成立
申込みから承諾へ
会社法159条では、会社法158条の通知を受けた株主が「自分の株式を売りたい」と思った場合に、「いつまでにどのような方法で申込みをするのか」が定められています。基本的には、会社が設定した「申込み期日」に合わせて株主が会社へ通知し、期日が到来した時点で一括して「承諾」が成立する仕組みです(159条2項)。
具体的には、期日到来時に一斉に承諾したものとみなすという規定がポイントとなります。これにより、“先着順”で売り手が決まってしまうような不公平を避けることができます。
超過申込みがあった場合の按分比例(会社法159条2項)
159条2項後段に「申込総数が取得総数を超える場合には按分比例」と定められています。取得を希望する株主が多く、会社が買い取れる予定株数を上回る“応募”があった際には、各株主が申込みを行った株式数の比率に応じて、会社が買い取る株式数を割り振るというルールです。
例)
- 会社が取得したい株式総数:1,500株
- 株主Aから2,000株の申込み
- 株主Bから500株の申込み
- 株主Cから500株の申込み
この場合、Aは2,000株申込みましたが、全株取得はできず、申込総数3,000株に対して会社の取得可能株数1,500株という割合(1,500/3,000=1/2)をかけ、Aは1000株、B・Cはそれぞれ250株ずつが買い取られる計算になります。
この按分比例は、株主間の平等を確保するためのルールといえますが、会社としては“どうしても特定株主からだけまとめて買い取りたい”という場合には、別途160条(相対取得)の手続きを利用するか、あらかじめ議案をそうなるように設定しておかなければならないわけです。
財源規制と違法取得の効果
分配可能額の範囲内で取得しなければならない
自己株式の有償取得は、会社の資産が流出するため、剰余金配当の場合と同様の財源規制に服するのが原則です(会社法461条1項2号ないし3号)。つまり、分配可能額(いわゆる「配当できる範囲の利益」)を超えて株式を買い取ってしまうと、それは違法配当と同視され得ることになります。
この制限を超える取得は、「会社の純資産を保護する」立法趣旨と抵触するため、無効や取締役等の責任問題を引き起こす可能性があります。
違法取得の場合の処理
もし分配可能額を超えた自己株式取得や、手続を欠いた取得が行われた場合、その取得行為は私法上無効とされるのが通説・判例です。さらに、すでに会社が代金を払って株式を取得した後であっても、会社から無効を主張でき、株式と代金の不当利得返還請求が生じるという整理も一般的に行われています。
加えて、取締役・代表取締役が関与していれば、会社法423条1項の任務懈怠責任や、刑事罰(会社法963条5項1号)に問われる可能性もあるため、まさに違法取得は「やってはいけない」行為の典型例です。
実務上のポイント:156条~160条の全体の流れ
ここで、合意取得(株主との有償取得)について、一般的な流れをまとめてみます。
- 株主総会決議(156条)
- 1年を超えない期間内で「何株・いくら・どの種類」を取得するかの枠を定める。
- 取締役会設置会社でかつ定款の定めがある場合などは取締役会決議で足りるパターンもあり。
- 具体的な取得条件の決定(157条)
- 取得株数、1株当たりの価格・算定方法、申込み期日などを都度決める。
- 取締役会設置会社では取締役会決議、非設置会社は株主総会決議か、あるいは定款があれば取締役の判断など。
- 株主へ通知・公告(158条)
- 157条で決めた条件を株主全員へ通知。公開会社の場合は公告で代替可。
- 周知徹底を図り、応募機会の保障を担保する。
- 株主からの申込みと会社の承諾(159条)
- 期日到来時に承諾が一括して成立。
- 超過申込みの場合は按分比例で振り分ける。
- 財源規制を満たしているか確認(461条等)
- 分配可能額を超えていないかを必ずチェック。
- 違反すると無効+取締役責任リスク。
- 実際の支払・株式の移転処理
- 現実に金銭やその他の財産を交付し、株式を取得。
- 株券発行会社の場合は株券の回収も必要。
この流れを守ることで、会社や債権者、他の株主に損害を与えるリスクを最小化しつつ、自己株式の有償取得を適法に進めることが可能になります。
まとめ
会社法156条から160条にわたる自己株式の「合意取得」は、非常に奥深いテーマであり、株主総会決議、取締役会決議、通知・公告、売主追加請求権、財源規制といった多様な要素を統合的に考える必要があります。一つの不備があれば取得行為自体が無効になるリスクがあるため、実務担当者は十分に気をつけなければなりません。
企業においては、株主構成の調整や相続時の株式集約、M&A戦略の一貫として自己株式取得が活用されますが、誤った手続きを踏めばトラブルや法的リスクが高まります。本記事を参考に、適切なプロセスを理解したうえで実務に臨んでください。
企業法務・顧問弁護士の無料相談実施中
- 2009年 京都大学法学部卒業
- 20011年 京都大学法科大学院修了
- 2011年 司法試験合格
- 2012年 森・濱田松本法律事務所入所
- 2016年 アイシア法律事務所設立